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    <title>htypo.net/archive</title>
    <link>http://htypo.net/archive/</link>
    <description></description>
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    <category>Weblog</category>
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      <title>htypo.net/archive</title>
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    <item>
 <title><![CDATA[このarchiveについて]]></title>
 <link>http://htypo.net/archive/index.php?itemid=47</link>
<description><![CDATA[ここでは、1999年5月から2006年4月までのhtypo chat(htypo bbs)での議論/会話のログを関連内容ごとに区分けしてまとめてあります。ご覧になりたい項目を左のカテゴリ一覧からお選びください。]]></description>
 <category>About</category>
<comments>http://htypo.net/archive/index.php?itemid=47</comments>
 <pubDate>Wed, 27 Sep 2006 15:15:09 +0900</pubDate>
</item><item>
 <title><![CDATA[タイポグラフィとは]]></title>
 <link>http://htypo.net/archive/index.php?itemid=46</link>
<description><![CDATA[くり　[99.8.26_17:26]<br />
タイポグラフィってずばり何？ごめんなさい。わからないんです。ほんとに。今日初めて聞いた言葉なんです。ただし興味はすごくあります。なぜならWORKSHOPがすごくおもしろそうだからです。 <br />
<hr>koizumi　[99.8.26_20:25]<br />
いい質問ですねー。すばりグラフィックデザインの第一章、つまり基本です。フォトグラフィではないですよ。欧米のグラフィックデザインの入門書によると、おそらくタイポグラフィの知識のないものはグラフィックデザイナーではないのでしょうねー。ただし、その言葉の響きは80から90年代で概念が変わってきているようですね。でも、ぼくが考えているのは道具が変わってきてもガンコでいきます。このままヨーロッパの基本的精神でがんばります。それがhtypoです。できるだけ多くの人にこれを体験してもらって最終的には本物だけ残る。。。です。<br />
<hr>くり　[99.8.27_23:00]<br />
！？グラフィックデザインの基本！？！？びっくりです。・・（−−；うーん。・・・もしよければ、質問したいことが、すっごくたくさんあるので<br />
メールを送りたいんですが・・・！↑グラフィックデザインについて、です。<br />
<hr>koizumi　[99.8.28_18:31]<br />
グラフィックデザインとは印刷のためのデザインですよ。まァ、あまり範囲が広くならないといいけどー。ちょっと心配。<br />
<hr><hr>さーしゃ　[99.7.19_23:28]<br />
はじめまして。小泉先生の持論を読んで、とても勇気が出ました。私は、大学では、外国語学部で英語を専攻していたので、今からデザインの勉強、出来るかな、と思っていた所だったからです。私は、外国の絵本に出てくるアルファベットが好きで、大学生の時から、面白いアルファベットが載っている絵本をみると、つい買ってしまうクセがあり、それは今も変わりません。絵と文字の間で自由に遊び回る絵本の中のアルファベット、その視覚的効果と可能性をいろいろ考えていきたいなと思っています。・・・これってタイポグラフィなんでしょうか？ <br />
<hr>koizumi　[99.7.20_21:22]<br />
そう、デザインは可能性大なのです。今までにデザインを学んでなくてもこれからこれから、ただタイポグラフィはそれに加えていろいろと微妙です。ぼくもワインガルトと全く同じことばを贈ります。それはタイポグラフィの修行はたいへんだということです。感覚だけでは勝負になりません。ぼくはスポーツ選手のエクササイズと同じと思っています。つまり、毎日毎日です。そしてやはり、どこかできっかけは学ぶべきでしょう。ぼくもこの道へのきっかけは同じようです。こどものころからずっと本が好きで、といってもきれいな本。ぼくはこどものころ、父親の愛蔵書の『平凡社の世界美術全集』を盗み見して育ちました。そして高校のときAvedon。大学のときWeston。っと学生のときはオリジナルの写真集が大好きだった。そしてRuder。。。影響はつねに受けつづけて今に至っているんです。さーしゃさんも絵本から影響うけて、どんどん育ってください。<br />
<hr>[メモ]<br />
chatが始まって間もない、初心者の方とのやりとり。<br />
でも基本は今も同じと思っています。<br />
<hr>かわらゆか　[99.7.15_22:29]<br />
こんにちは、かわらゆかと申します。ワークショップに何回か参加したことがあります。わたしは学校で歴史を学んでいて、デザインは「あーきれいだなー」と、もっぱら見て楽しませていただくほうです。最後のほうの数回だけですが、デザインの現場の連載を読んで興味を持ちました。タイポグラフィってどのぐらい昔からあるものなのでしょうか？　ヨーロッパ中世の写本がきっかけでは？と思ったのですが。タイポグラフィの歴史にかんする本を紹介していただけると嬉しいです。<br />
<hr>koizumi　[99.7.16_1:27]<br />
ぼくも学生時代は写真の工学的な研究をしていましたので、デザインは日本の学校では学んでいません。ぼくの持論ですが、何か違う分野を学んでからデザインを習得していくと、より視野が広く、また時には深い結果となります。かわらゆさんもこれからがたのしみですね。 ぼくの理想はそのようないろいろな分野の経験がある人たちとプロジェクトをすすめることです。 さて、タイポグラフィの歴史に関する本は数限りなくあります。ぼくはタイポグラフィの歴史の基本は活字の歴史と考えます(いろいろな意見があると思いますが)。また、タイポグラフィのテーマも『デザ現』ではぼくの専門の1910代以降で今興味があるものについてしか語っていません。つまりイギリス、フランスやアメリカとの関係なども不十分です。 それ以前の時代のことはたいへん弱いですが、ぼくでわかることでしたらば、この場でお答えします。歴史を勉強するのに大切なことはまず興味あるテーマにしぼってみることでしょう。<br />
<hr><hr>Rokuzo　[2000.3.3_0:20]<br />
こんにちは。 私は「タイポグラフィ」といってもピンときません。 どういう概念でとらえればいいのでしょうか？ htypoについても 空間とそれを構成している罫などの関係を どう扱っていいのかさっぱりです。 こんな私でも、やっていればわかってくるものでしょうか？<br />
<hr>koizumi　[2000.3.3_10:02]<br />
Rokuzoさん、ぼくの連載を『デザ現』バックナンバーで読んでください。デザ現別冊で『タイポグラフィの読み方』がでること決定しました。つくり出しています。これを読むとわかります。もう少し待ってください。<br />
<hr>Rokuzo　[2000.3.3_20:50]<br />
御返答ありがとうございました。 さっそく勉強にとりかかろうと思います。 連載「タイポグラフィの読み方」も読んで理解につとめます。<br />
<hr>[メモ]<br />
このようなやりとりから、<br />
自然とぼくの本はできてきたのですね。]]></description>
 <category>Typography?</category>
<comments>http://htypo.net/archive/index.php?itemid=46</comments>
 <pubDate>Wed, 20 Sep 2006 04:57:35 +0900</pubDate>
</item><item>
 <title><![CDATA[エイチ・ティポとは]]></title>
 <link>http://htypo.net/archive/index.php?itemid=45</link>
<description><![CDATA[koizumi　[99.5.31_22:30]<br />
welcome to htypo.chat. どうぞ タイポグラフィについて 課題について 御意見をください。<br />
<hr>イズオカカナコ　[99.6.2_10:02]<br />
こんにちわ。htypo.workshopは1からすべて目を通しています。htypo-8のお題は、行末のコントロール(?)でしたが、じつは当時なんの役に立つのか、さっぱりわかりませんでした。文章(長文)をどこで切って改行するかはデザイナーではなく文章が決めることだと思ったからです。でも最近名刺のデザインを頼まれて、住所や郵便番号や電話などのデータの並び方を決めているときに、8で練習したことを無意識に応用していることに気がつきました。（スイスな名刺だったし）いくらなんでも(文字数の差が有りすぎる)改行じゃ〜読みにくいかな、くらいの気持ちだったんですが、そのうちに(内容の邪魔しない程度に改行などしつつ)美しいギザギザを目指して配置してました。8のお題って書物など長文のためのものではない？　コメントいただけると幸いです。<br />
<hr>[メモ]<br />
改行は都合により削除しました。<br />
<hr>koizumi　[99.6.2_21:55]<br />
イズオカさんありがとう。さっそく重いご意見ですが、このhtypo-8は欧文モダンタイポグラフィの重要な部分です。つまり日本語のように歴史的に正方形のユニットでない、つまりセットが違う文字でレタースペースを守った組みをした場合、行末がバラバラになる、それでは行末処理が。。。というふうになり改行やハイフネーションとの関係が出てくるわけです。くわしくはここチャットでは例を示せないのでここまでにします。それとこのトレーニングでは端物のような名刺とエディトリアルのようなページものとはちょっと違ってきます。ヴァージョン2はソリッドのエレメントとの関係を知るために考えたエクササイズです。 <br />
<hr>[メモ]<br />
フォネティックなアルファベットのテキストとの違い。分節や単語の前後で切る日本のラギッドの限界を語りたかった。<br />
<hr>イズオカカナコ　[99.7.10_23:22]<br />
文字組みのちまちました調整をしていると、ナニがイイのかキレイなのか段々わからなくなってくるのですが、そうゆうときはどうされますか？全然関係ないことをしますか？それとも先達のグレートな作品を見る？ワタシは、目が慣れやすく「自分の子」がぶさいくでもかわいく見えるたちなので、とりあえずテレビみたりしてすっかり忘れたころに見直すのですが、どう思われますか？コイズミ先生のやりかたを教えてください。 <br />
<hr>koizumi　[99.7.12_0:27]<br />
むしあついですね。このようなときにふさわしい質問です。きっとバーゼルはすばらしい季節です。さて、そう集中してもよい結果がでてこないときあります。そんな時、ぼくはよい音楽を聞きます。最近は古い録音のべートーヴェンのピアノソナタにはまってます。さしせまってなければ、外で深呼吸＋遠くを見る。樹木や花を見る。お風呂に入るというのもいいですね。さもなくば愛犬と散歩ってなとこでよいでしょうか？いずれにしても頭と目をスッキリさせてください。なお、ぼくはテレビはほとんど見ません。そういえば最近よい映画をみていませんなー。(ビデオはあかん、ぜひ映画館で。。。)<br />
<hr><hr>ヤマウチ　[99.7.20_14:24]<br />
はじめまして、いきなりですが質問です。なぜ縦型ポスターのほうが多いのでしょうか？現在の日本では公共な場所に貼る場合、スペースの問題から縦型が多いのでは、とも思ったのですが、歴史的に重要、傑作とされるポスターを（書籍などでですが）見ても縦型のものがほとんどだと思います。あるいは縦型が好まれる理由、というのが存在するのでしょうか？なにか情報があったらおしえてください、おねがいします。<br />
<hr>koizumi　[99.7.20_21:22]<br />
むずかしいですね。ぼくにわかることは今ヨーロッパでは縦横両方あるということです。スイスの街角にも両方貼られていますが、コントロールしている役所があるため、ポスターを貼るべきところに制限があります。規格サイズはもちろん用紙まで決められています。ご存知とおもいますがロンドン・パリ・ニューヨークの地下鉄の駅貼りは横位置が多いですよね。これらは縦位置のポスターサイズに分割して、横に何枚も並べて貼っています。ぼくたちが毎日見ている東京の地下鉄の中吊りも小さいけど横位置。きっと近年ではワイドが好まれているのでしょう。しかし、ぼくにはどうして歴史的にポスターが縦位置なのかは正確にわかりません。<br />
<hr>ヤマウチ　[99.7.22_3:59]<br />
ありがとうございました。今年の春にパリへ行ったのですが、ホームによって明るさや天井の彎曲のしかたが違ったりと貼られる（見られる）環境が違うものだなぁと思いました、驚いたのは階段にある斜めの物、あれは日本にはないですね。制約でスポイルされるもの、新しく生まれるもの、左右されないものがあるということでしょうか？また質問があったら書き込みさせていただきます、では。<br />
<hr><hr>ナカダ　[99.9.2_1:48]<br />
htypo chatで言ってた「東京のヴァーチャルオフィス」って何ですか？<br />
<hr>koizumi　[99.9.2_10:17]<br />
これは個人的のことになります。長岡では学生と大学のプロジェクトをすすめていますが、東京のここではその他のプロジェクトをぼくの研究室の卒業生や世界中のコラボレーターと進めています。バーゼルに行く前は青山にあったオフィスで実際に数人と仕事をしていましたが、ここはぼくの住まいなので見た目オフィスでありません。すべて通信と郵便／宅配便で仕事を行ってます。ときどきここで会って打ち合わせもしますが、質にはきびしく。また、たのしく。ときどきゲストがきたり。。。大学以上の研究してます。<br />
<hr><hr>koizumi　[99.9.25_11:13]<br />
『デザ現』連載「htypo」タイトル：<br />
1997/6 htypo-g: グリッドシステム＝スイス・ドイツで発達したタイポグラフィとレイアウト* <br />
1997/8 htypo-1: ●と■と線からはじめよう** <br />
1997/10 htypo-2: 紙面に潜む立体を見よう <br />
1997/12 htypo-3: どこに目がひっかかるのか <br />
1998/2 htypo-4: 文字と文字の間に神が宿る <br />
1998/4 htypo-5: 文字をつくる人、文字を使う人(文字のエステは分業) <br />
1998/6 htypo-6: 文字がつくる「面」の話 <br />
1998/8 htypo-7: カタカナとヨコグミ <br />
1998/10 htypo-8: セミオティックスと漢字 <br />
1998/12 htypo-9: 詩と文字の可能性 <br />
1999/2 htypo-10: タイポグラフィの解体 <br />
1999/4 htypo-11: 実験と実際+ワインガルトのタイポグラフィにおける様々な覚書 <br />
1999/6 htypo-f: デザイナーのための写真と文字のバランス術 <br />
*中垣信夫氏との共著／この号はSoldOutですが『本づくり大全』で完全復刻。 <br />
**この号はSoldOutです。図書館で見てください。<br />
すみません。今のところサイトには出してません。連載の内容をホームページヴァージョンにするべきなのですが。。。書籍にするため、各htypoの内容をさらに深くしている最中なので。。。 <br />
<hr>さとう　[99.10.1_1:02]<br />
連載の一覧、ありがとうございます。本屋さんにバックナンバーがあるか探してみますね。単行本になる予定があるのですね。楽しみにしております。<br />
<hr>koizumi　[99.10.1_18:04]<br />
さとうさん：ぼく自身も楽しみにしております。<br />
<hr>[メモ]<br />
『タイポグラフィの読み方』が出版される前の原稿は荒削りでした。<br />
<hr><hr>koizumi　[2000.5.3_19:09]<br />
htypoは海外で躍進です。ドイツ語ヴァージョンがとうとうスタートしまして、スイスのある学校の学生のみの限定で参加できるようになっています。<br />
日本語オリジナル・ヴァージョンも参加者が241人。驚いています。本の製作が落ち着いてきたところで、すべて作品に目を通して、興味深い人にぼくの方からアドヴァイスをメールで送ります。<br />
<hr><hr>17　さい　[2000.8.14_23:16]<br />
はじめまして。デザインで検索してこちらにたどり着きました。そこで質問です、htypoとはどういうものなのでしょうか。おしえてください。<br />
<hr>18　koizumi　[2000.8.17_18:34]<br />
htypoは「hyper typography project」の略です。これは美術出版社の『デザインの現場』という雑誌でぼくが12回にわたって連載をしましたが、そのさいオマケでぼくが大学で行っているカリキュラムの一部をインターネット上でできるようにしたものです。<br />
現在は国内では宣伝していません。日本では有志がこれを見つけて受けているかたちになります。スイスではぼくのことをよく知っている人が多いので正式なプログラム化が進み出しています。ってなとこでよいでしょうか？<br />
<hr><hr>133　寺田未来　[2001.4.14_14:00]<br />
小泉先生こんにちは。小泉先生は著書の中で読みにくい、または読めない本文組ほど醜いものはない、とおっしゃっていますが、例えばそれが色の問題だとしてもそれは醜いタイポグラフィと呼ぶのでしょうか？例えば地の色がキンアカで文字がイエロー100%とかだと全然読めないですよね。組方自体は綺麗でも、色使いが悪ければそれはタイポグラフィとしても醜いと考えますか？いろいろと悩み多いので下記のようなサイトを作ってみました。画面下のバナーからどうぞ。。デザイン会議<br />
<hr>134　koizumi　[2001.4.14_23:27]<br />
色の文字についてはいろいろあり、ひとことでは言えません。とくにWeb上ではむずかしいと考えます。つまり、はじめから醜いと決めつけることは逆に問題でしょう。実験が必要です。しかし、印刷での基本はあくまでも白の地にスミの文字だと思います。この状態ですでに読みにくいものは問題でしょう。一方、同じことがWeb上でもいえるのではないでしょうか。しかしぼくは基本的に違うものだと認識していますから、モニター上の色の文字は紙の上の状態より必要だと思っています。実はモニター上での色の文字の実験はhtypoサイト上には載っていませんが、できております。今、実際の大学の授業でやろうと計画は進んでいます。デザイン会議を拝見しました。よいサイトになるといいですね。<br />
<hr><hr>[メモ]<br />
その後、NYのクーパーユニオンのタイポグラフィの先生＝<br />
James Craig氏が彼のホームページDesigning with Type.comに<br />
世界中のタイポグラフィの先生の課題を載せた<br />
World-Wide Schools。ぼくは唯一日本人で採用された。<br />
<a href="http://www.designingwithtype.com/nagaoka/index.html" onclick="window.open(this.href);return false;">http://www.designingwithtype.com/nagaoka/index.html</a>]]></description>
 <category>htypo?</category>
<comments>http://htypo.net/archive/index.php?itemid=45</comments>
 <pubDate>Wed, 20 Sep 2006 04:56:50 +0900</pubDate>
</item><item>
 <title><![CDATA[タイポグラフィの悩み]]></title>
 <link>http://htypo.net/archive/index.php?itemid=44</link>
<description><![CDATA[くり　[99.9.2_22:51]<br />
あはは（＾＾）では書いちゃいます！グラフィックデザイナーになりたい。というのが本題なんですけど。ってこれグラフィックデザインについて、でさえないですね。わーやっぱりここの主旨とかけ離れちゃいますね。。。。うわーん。 <br />
<hr>koizumi　[99.9.3_7:52]<br />
そんなことない。夢はきっとかないます。<br />
<hr><hr>はち　[99.10.5_12:18]<br />
初めて参加します。突然ですが、デザイン関係とは無縁なことを学ぶ大学に通っている私でも、将来可能性はあるんでしょうか？誰かおしえてください。<br />
<hr>koizumi　[99.10.7_20:20]<br />
非常によい方向にチャットが進んでいます。ぼくが思っていた通りの人がこのサイトを見ていてくれた感じでうれしい次第です。 <br />
はちさん、ぼくも学生の時はデザインとは無縁でした。といっても写真のテクノロジーの入り口にいたのですが、社会に出てからじっくりデザインを身につけていきました。こういっては何ですがデザインの学校に行ったからって、この年まで現役している人が何人いますか？ぼくはデザインの大学で教えてますが、ハッキリ言って数パーセントしかプロのデザイナーとして残れません。ちょっとテキビシイかな？お答え＝将来可能性あります。 <br />
<hr>ｓａｃｈｉ　[99.10.12_15:28]<br />
はちさんへ、私も今はwebデザインをやっていますが、学校とかは出ていません。デザインの学校へ行きたいと今でも思いますが、「好きこそものの上手なり」と思っています。頑張って下さい。<br />
<hr><hr>みか　[2000.2.24_2:19]<br />
はじめまして。今日、会社で0.3ptのケイ線がひけず、こっぴどくしかられました。 私はデザインをはじめた学校の時からほとんどコンピューターをつかっていたので手作業がにがてなんです。こんなんで、デザイナーとしてやっていけるのかとても不安です。<br />
<hr>koizumi　[2000.2.24_9:36]<br />
かわいいね。0.3point応援してます。道具の手入れと練習あるのみでしょう。思い出す、森啓デザイン研究室に入ってすぐ、先輩デザイナーたちとカラス口で1ミリの間に何本線引けるか競争したこと。おもろかった。みんなと楽しんでやることだね。ちなみに活版でケイは板なんだよ。<br />
<hr><hr>もち　[2000.5.5_1:39]<br />
広告の仕事をしていると、読み物の文字とは全然扱いがちがうので、実は装丁を将来やりたい私は、感覚が変わってしまいそうで、なんだか不安になってしまう今日この頃です。不安なんだけれど、文字というものの力に感動もしながら、仕事をしています。広告での文字の扱いというのは、読み易さの限界をどのくらいまで、設定したらいいのかというのが今、悩みです。字間の扱いなど、流行がいろいろあるようだし。だから、実は活字の歴史についての勉強は今はあまりしていないというのが実情です。なんだか学生の間にもっといろいろやっときゃよかった、と後悔してます。私も、ケイ線ちゃんとひけないし。<br />
<hr>koizumi　[2000.5.5_10:12]<br />
そのへん、ぼくはよく分からないことですが、広告の分野で文字を追求している人たちもいます。浅葉克己さんが主催してる「東京タイポディレクターズクラブ」かな。しかし、タイポグラフィの基礎はどのようなことをするにしても同じ、重要です。しっかり自分で勉強しましょう。。。学生の間？ぼくはすべて大学出てからですよ。一生、よい意味で勉強。<br />
<hr><hr>長末　[2000.6.29_14:09]<br />
初めてこちらに書かせていただきます。書籍の装丁をしている者です。タイトルの文字などをレイアウトしていて いつも思うことなのですが、一番最初の文字が少し小さく見える気がします。使っている級数、ポイントなどは同じなのにです。字によっても違いますが、、、。私以外にも、そう思う方、いらっしゃいませんか？写植にしろ、Macのフォントにしろ、形の決められたフォントなのだから、そのまま使うべきか、、、と思いつついつもこっそり最初の字だけ、大きくしています。小泉先生はどう思われますか？<br />
<hr>koizumi　[2000.6.30_9:48]<br />
タイトル文字の錯視の問題でしょうか？起こりうる問題ですね。文字は組み合わせで奇妙に見えることがあると思います。とくに日本語の場合は。アルファベットはそれが起きないように工夫されてきています。最初の文字だけというのはちょっとぼくには理解できませんが、ぼくもマックになってからは小数点以下のポイントでコントロールできますからやったこともあります。(書体設計があまい場合もあるし) しかし、本来のタイポグラフィの思想からすると(初心者は特に)そういうコントロールを無闇にやらない方がよいと思います。<br />
<hr>長末　[2000.6.30_18:52]<br />
アドバイス有り難うございます。マックだと、細かいポイント設定ができるので、ついやってしまうのですが、これからは控えることにします。ところで、こんな質問をすると驚かれるかもしれませんが、タイポグラフィの思想とは、どのようなものなのでしょうか？本当に勉強不足ですので、それに関する初心者向けの本などご存じでしたら、ご紹介いただけるとありがたいのですが。<br />
<hr>1　koizumi　[2000.7.1_21:44]<br />
やっても驚きません。いまどき、ぼくみたいにガンコなこという人あんまりいないでしょうし。ぼくにとっての「タイポグラフィの思想」は活版です。これはあくまでもベースです。くわしくは秋に出る本を見てください。参考書リストできれば載せるつもりです。<br />
<hr><hr>36　haru　[2000.9.30_22:00]<br />
はじめまして。私は現在美大の1年で情報デザインを学ぶ者です。今私は大学をやめようか悩んでいます。それはなぜかというと大学ではパソコンの技術的な演習が中心で実際に絵を描くこともなく、私が望んでいた教育とは違っていたからです。大学が悪いわけではなくて、よく調べなかった自分がいけないのだけど、今考えてみたら自分が学校で何を学びたいかということが明確ではなかったと思います。ただ何か作ることがしたかったというだけでした。でも今は自分が本当にデザインをやりたいのか、ということから考え直して、学生時代は、将来何をやっていくかはわからないけど、将来自分の創作の基盤になるものを見つけくところにしたいと思いました。だから別の大学か学部に入り直そうかと思うのですが、まだ1年だし、私は自分の考えに偏りがあるだろうかと少し不安です。今の学部でも得るものがたくさんあることはわかっているのです。でもなんか今の私には、パソコンの実践的な技術よりも、自分にどういうふうな表現があっているかを追求していく方が必要な気がするのです。日本の美大は受験し直すのが大変なので、人生経験もかねて、外国の学校にしようかなともおもっています。なんだか人生相談になってしまいました。すみません。でも少し意見がもらえたらいいなと書き込みました。現場の人からみたら甘い考えかもしれませんが。<br />
<hr>38　koizumi　[2000.10.1_10:09]<br />
ちょうど悩む年ごろですね。ぼくは個人的にきみを知らないので、適格なアドヴァイスができない?ので、ぼくの経験を少し書きます。ぼくはharuさんのころ美大に行きたくてしょうがありませんでした。しかし、ぼくの父は当時、美大の教員をしていまして、絶対に反対でした。受けるのであれば勘当とまで言われました。ぼくは根性なしでしたので比較的得意な理系の大学を受けることにしました。そこで大学に入って、出会ったのが「写真」でした。ここに来る学生は当時写真が好きな学生がほとんどで、ぼくのように全く知らない学生はあまりいませんでした。写真との出合いは今のぼくにとって宝物です。そこでまたまた出会ったのが「タイポグラフィ」でした。これと出会わなければ今のぼくはありません。ッという具合に「出合い」はどこに潜んでいるかわかりません。今の状態がよくないからって、やめてしまうのは安易なのではないかなぁ？それと外国の学校に行けばというのは、全く違います。経験としては大切ですが、自分で自分のことをある程度理解していない人が外国に勉強しに行くのは無謀だと思います。<br />
<hr>[メモ]<br />
海外に留学するということは、自分を見つけるために行くのです。<br />
コロニーに入ってはいけません。<br />
自分をひとりにして追い込むことです。<br />
<hr>404　なかた　[2003.7.23_18:53]<br />
こんばんわ。ここでの書き込みは初めてです。今、タイポグラフィにとても興味があり、独自ではありますが勉強している最中です。さっそくなのですが、先生にお聞きしたいことがあります。すごく初歩的なことだと思うのですが、文字を組むということです。現在の雑誌などでは組み方が汚いとか組み方がバラバラだと言うことを耳にしました。しかし私には良く分かりませんでした。そこで注意深くいろんな本や雑誌を見ているのですが、どれがしっかりした文字組かいまいち確信が持てません。文字を組むにはいろんなルールがあると思うのですが、なにか参考になるものがあれば教えて下さい。まだ最初の段階ではありますが、きちんとしたものを覚えたいのでよろしくお願いします。<br />
<hr>405　koizumi　[2003.7.23_23:08]<br />
初歩的なことこそ、ないがしろにできません。すごく重要なことです。組み方が汚い／組み方がバラバラというのはずいぶん衝撃的な言葉ですが、おそらく適格に表現しているのでしょう。(あなたの先生が言ったのかな？)「汚い」というのは個人差があります。おそらく今まで見たことのない組みもそれに含まれます。ぼくの本の本文組みもこのbbs上で発売当初どなたかに書き込まれました(笑)。。。本文組みはその組まれた部分だけでなく、まわりとの関係にあります。ちょっとむずかしいかな？「バラバラ」は最近急増しているように思います。これはあなたも感じられるでしょ？特に最近の流行っている雑誌は本文を小さいゴシックをパラパラ組む、それも縦組で。おそらく記事を読むためでなく、誌面の中の黒みだけのもの？で、そうですね。まず手っ取り早いのはただ見るのではなく、対象物を限定して比較することです。古本屋に行って、そうだな。。。手に入り易いあなたの興味がある分野の雑誌を買ってみてください。1950年代、1960年代、1970年代、1980年代、1990年代、5册を比較するとよくわかります。できればちゃんとしたデザイナーが手掛けた雑誌もそれらにおりまぜると勉強になると思います。<br />
<hr>406　koizumi　[2003.7.23_23:22]<br />
言い忘れました。まず、対象となるサンプルを見つけてください。その後はまた指示します。自分が気に入った本文組をみつけたら、原寸(100%)で白黒でよいですからコピーを撮ってください。あと、30cmぐらいのミリの目盛りの定規を用意しておいてくださいね。<br />
<hr>407　なかた　[2003.7.24_21:48]<br />
こんばんわ。忙しい中ありがとうございます。文字をしっかり組むということはむずかしいことなんですね。字間や行間だけでなく、まわりとの関係やマージンも関係してくるんですね。気に入った本文組と定規を用意しました。<br />
<hr>408　koizumi　[2003.7.25_9:37]<br />
ワ〜〜、早いですね。ちゃんと古本屋いきましたか？5册揃ったのかな？<br />
<hr>＞その後、応答がなかった。]]></description>
 <category>NAYAMI</category>
<comments>http://htypo.net/archive/index.php?itemid=44</comments>
 <pubDate>Wed, 20 Sep 2006 04:55:57 +0900</pubDate>
</item><item>
 <title><![CDATA[タイポグラフィの参考書]]></title>
 <link>http://htypo.net/archive/index.php?itemid=43</link>
<description><![CDATA[ナカダ　[99.7.8_1:07]<br />
はじめまして。いきなり質問。ハーバート・バイヤーが1925年に大文字なしのタイポグラフィ作品を実施したとあったのですが、ヤン・チヒョルトとどちらが早いのでしょうか？ 何か知っていたら教えてください。お願いします。 <br />
<hr>koizumi　[99.7.10_22:27]<br />
いきなり、ですね。ぼくの手元の資料ではherbert bayer's 'universal' type=1926でjan tschichold's single alphabet=1929です。参考にした本は『Gewerbemuseum Basel/Herbert Bayer』と『Herbert Spencer: Pioneers of modern typography』です。<br />
<hr><hr>bukko　[99.12.19_22:02]<br />
こんばんは。あるフォントの名前を知りたくて聞きそびれていたんですが、エットレ・ソットサス展（見に行きました！）の広告にメインで使用されていたアルファベットです。最近あちこちで見かけるので気になってしょうがありません。図書館でもういっぺん調べてみようとは思うのですが・・・。 <br />
<hr>koizumi　[99.12.20_14:34]<br />
ずいぶん前に(確か新津の)ソットサスのポスター見たような見ないような、記憶にありません。おそらく比較的新しい書体だったような。。。一般的に、書体名をさがす場合は <br />
・Rockledge's International typefinder <br />
そして、その書体の特徴、時代、書体設計者やデビューのときの使用されかたなどの情報は <br />
・The Encyclopedia of Type Faces <br />
っていうのがひとつの流れです。しかし、最近はやりのプライベート書体やジャンクフォントは出ていません。よかったら、連載5を見てください。<br />
<hr><hr>koizumi　[2000.2.18_10:16]<br />
タイポグラフィの本の読み方ですが、必要な時に必要なとこを、くりかえし、くりかえし、くりかえし、みること。一気に全訳してもダメ。文学書(全体のストーリーの流れ)が重要ではありませんから、それこそ読破したのに全然体力になっていない人もいる。つまり英語が完璧に訳せてもプラクティカルに自分のものになっていないんです。つまり、マイペースって大事ですよ。というかそれを作ること。それと本屋さんのことは事実ですね。これは今正直すごく重要な問題でしょう。現にモドキが凄い勢い。ライブだった1960年代当時と全く似ている。つまり、うわべだけ。。。グラフィックデザイナーたちは何も学ばなかった。見ていてごらん、きっとそのうちすたれる。ぼくは本質を身につけたい人だけに伝えたい。 <br />
<hr>もち　[2000.2.24_2:32]<br />
私も同じようにスイスのタイポグラフィに触れてきました。朗文堂まで行き、グッリトシステムなどなどをを購入し、がんばって読もうとしたのに断念しました。でも、その本達に出会えたおかげで読めなくても、たくさん何かを身につけられたと思っています。なかなか形には でてこないけれども…。ムナーリに関してですが、「円と正方形」という本はもう手に入れるのは 困難なのでしょうか。私はムナーリの活発な好奇心のようなものにとても魅かれています。 <br />
<hr>koizumi　[2000.2.24_9:36]<br />
本の読み方はひとそれぞれ。がんばりましょう。『円と正方形』いい本ですね。もっているはずなんですが、どっかいっちゃった。最近ムナーリの本たくさん復刻されてるから洋書だったらあるんじゃない?どこいっちゃたのかな?ぼくも真剣にさがしてみよ。 <br />
<hr><hr>マユカ　[2000.3.6_5:08]<br />
はじめまして。WORKSHOPさっそく参加させていただいてます。タイポグラフィーは独学中（まだまだ初心者）なのですが、いまいち勉強のしかたが分かりません。書店で探しても参考になる本は少ないですし…探し方が悪いんでしょうか？それと、私は英語もドイツ語もさっぱりなんですがkoizumiさんが参考図書としてあげられている本の和訳はでているのでしょうか。 <br />
<hr>koizumi　[2000.3.6_9:51]<br />
マユカさん：独学。いいですね。基本的にはこれだと思います。自分にはきびしくいきましょう。さて、タイポグラフィの参考書。何をマスターするかによって、レヴェルによって、違ってきます。マユカさんは初心者ですからわかりやすいものがよいですね。朗文堂から日本語訳で出てますが『欧文組版入門』は知っていなくてはならないことが載っています。しかし、直接ぼくのワークショップのためでしたらちょっと違ってきます。知識は当然なくてはいけませんが、より実践的なものですから、過去に実際出版された良い本そのものが良い参考書です。そういったものをみきわめる目ですね。古本屋に行っていろいろ見てみましょう。<br />
<hr>マユカ　[2000.3.11_22:18]<br />
ありがとうございます。今度本屋で探してみます。<br />
<hr><hr>3　takaki　[2000.7.18_7:22]<br />
はじめまして。最近、HPのお仕事を始めてから、とってもタイポグラフィに興味がでてきました。いきなりですけれど、よろしかったら「イイ本」教えてもらえますか?よろしくお願いします。<br />
<hr>4　koizumi　[2000.7.18_10:23]<br />
前にもいろいろなところに書いたと思いますが、タイポグラフィはいろいろです。したがって、あなたがタイポグラフィの何に興味を持ったかが重要です。つまり、あなたは歌に興味をもちました。何のCDを買ったらよいですかって聞いているのと同じことですよ。おわかりになります?<br />
<hr><hr>28　yoshiko　[2000.9.18_7:26]<br />
こんにちは。はじめてメールを書きます。今ドイツにすんでいる学生ですが。小泉先生がお勧めする本（デザイン一般）を教えてください。それと、美術館等でもしいいところがあったら教えてください。専門的な話しではなくてすみません。では。<br />
<hr>29　koizumi　[2000.9.19_18:23]<br />
3のtakakiさんへの返事に近いものがあります。ところでドイツで何を勉強されているのでしょうか?ちょっと話はずれますが、スイスからこっちに帰ってきて、何人かドイツやスイスに留学を希望し、実現した人たちの力もかしましたが、その経験からもわかったことですが、すこしづつでよいですから自分のターゲットは明確にしていったほうが、海外では生き抜いていきやすいと思います。あと、バーゼルの美術館は皆最高です。くわしくは『デザインの現場』で113号かな、特集やります。タイポグラフィを勉強する場合もそのあたりから？<br />
<hr><hr>217　n　[2002.1.26_2:46]<br />
先日、1925年『elementare typographie』を見ることができました。チヒョルトの論文とあわせて興味深かったのは、当時のタイポグラフィがそのままにある巻末広告でした。時代の節目をリアルに感じる1冊でした。<br />
<hr>218　koizumi　[2002.1.27_21:17]<br />
『elementare typographie』すばらしいですよね。そう、あの広告も当時はライブだったのでしょう。本当にすばらしい。<br />
<hr>221　n　[2002.1.31_4:09]<br />
『elementare typographie』は感激でした。喜びをどこかで発散したかったのですが、この本を知っている人が身近にいないので、せつない想いでした。。このサイトが嬉しかったです。<br />
<hr><hr>まえたに　[99.11.22_17:15]<br />
こいずみ様、チャットの皆様、はじめまして、神奈川県藤沢市にある某大学院でメディアとデザインについて研究中のまえたにと申します。いつもタイポグラフィについて、様々な意見や議論を拝見させていただいています。さて、今日は、タイポグラフィについての質問があり参加します。Jost Hochuli氏著『Designing Books:practice and theory』という本の冒頭に"We are all familiar with the terms symmetrical and asymmetrical typography."という一文があります。英語はあまり得意ではないのですが、この場合、ひっかかるのは「symmetrical typography」「asymmetrical typography」という単語です。なおの本を読み進めると、さらにこの2つの単語がたくさんでてきます。一応、読了したのですが、この2つの意味がはっきりとわからないため、すっきりしません。こいずみ先生のほうで、お分かりになられれば、ぜひお教え願えませんでしょうか。どうぞよろしくお願いします。それでは。<br />
<hr>koizumi　[99.11.23_11:11]<br />
まえたにさん、お久しぶりです。というかこのサイト上では初対面か。御指摘のこのことばはアルファベットのタイポグラフィをやっていく上での隠語のような象徴性をおびていますね。簡単に言っちゃえば左右対称かそうでないかですが (実践としては、ぼくのhtypo8と9でやってる)、論理的には最近、朗文堂の片塩さんの若い門下生でTschicholdの研究をされてた人の論文を思い出しますが。はっきりいって深いです。つまり、組み方のルールには留まっていないのでしょう。(しかし、初心者はまずきちんと各々をマスターすることが肝要) ぼくは実践派なんで、あまり正確にここではいえませんが、この"Designing book"の枕詞であり、それらをうまくミックスして実際この本造りをしてますね。それとHochuli特有の上品さもあるし。。。良い本です。他にもかつて彼はいろいろ書いていますが、うちの院ではこのような強力な本を読んでいくような英語力が心配ですので、からだで感じるような実践をさせようと最近始めたところです。きっと、そこからsymmetricalなもの、asymmetricalなものが見えてくると思うのですが。<br />
<hr><hr>425　koizumi　[2003.12.18_8:07]<br />
そういえば2週間前に、ニューヨークのデザイン学校の老舗クーパーユニオンの先生James CraigのホームページWorld-Wide Schools＝世界のタイポグラフィの先生に載りました！現在は20人、Asiaの項に、ぼくは4人目もちろん日本人初です(^^)<br />
<hr>[メモ]<br />
"Designing with Type"の著者]]></description>
 <category>References</category>
<comments>http://htypo.net/archive/index.php?itemid=43</comments>
 <pubDate>Wed, 20 Sep 2006 04:55:09 +0900</pubDate>
</item><item>
 <title><![CDATA[エミール・ルダー_2]]></title>
 <link>http://htypo.net/archive/index.php?itemid=42</link>
<description><![CDATA[T75　n　[2001.10.11_22:33]<br />
こんにちは。ルダーの本はまだ読み始めたばかりなので、具体的な内容についての質問は少し整理してからおうかがいさせて頂きたいと思っています。しかし読むにあたって「スイス・タイポグラフィの領域」というものを少し捉えておきたのですが、それについてのアドヴァイスを頂けると大変助かります。私にはバーゼルとチューリッヒでは「厳密には違う」というよりも「明確に違う」ように思えてしまいます。W.W.先生はレクチャーで、楽譜を例示されて音楽にたとえられ、またneue grafikとご自身の作品を並べられて「空間の美しさという共通点」で、同じフィールドの中に存在することを説明して頂きました。「カウンター・スペース」の意識というものが、その領域を示す重要な要素であることは個人的に大収穫でしが、一方でやはり、対立もしくは矛盾のようなものを感じてしまいます。（伝統との対立はなかったのか、という質問も出ていましたが）Grid systemsの影響かもしれませんが、スイス・タイポグラフィには「具体的なルール」が存在するという印象がありました。しかし、バーゼルとチューリッヒの共通点からその領域を考えようとすると、何か造形秩序の哲学のような、カタチではないところにたどり着いてしまう気がします（それも好きですが）。決してその領域を出なかったとされるルダーとW.W.先生の二人の本を読むことで、私なりの認識が出てくるとは思うのですが、「スイス・タイポグラフィ」とは、スタイルというよりも、運動理念みたいなものを示しているのでしょうか。どうぞ、宜しくお願い致します。<br />
<hr>T76が横レスでそのまんま話が流れてしまった。<br />
<hr>T84　2038　[2001.10.30_7:21]<br />
こんばんは、2038です。私も黒いTypographie発見しました。分厚かったですよ。正方形に近いですし。ビニールがかかって中が覗けませんでしたがやっぱちょっと違うのでしょうか。誰も書いてないので自分で意見します。前回の意見に絡んで。Typographieでは植字工と書体制作者やいわゆるデザイナーとの仕事上の立場みたいなのも語っていますが現在のそういった関係についても疑問を持ちます。完全になくなったわけではありませんが植字工や活字職人のいない今。私の少ない社会経験からだと金銭的な面と、地位？や立場の問題。デザイナーに発注するのも勉強になりました。みなさんはどう考えてますか？<br />
<hr>T85　koizumi　[2001.11.4_21:00]<br />
2038さん、そうですか、もう売っているのですね。すみません、全然本屋に行けないのでわかりません。おそらくぼくはバーゼルではじめて見ることになることでしょう。あれから、ほんと熱がさめたように他の2人からは来ませんね。では、ぼくが。<br />
分業の件はおそらく自分を知ることから始まると思います。このようにタイポグラフィが多様化してしまうと一般論は通用しないのでは。そして少数の周辺の人との関係でよいものを作るように努力すべきと思います。そして、道具ですがぼくにとって活版は体験だと思っています。現在、活版で生きたタイポグラフィをすることはできないでしょう(ホビーでは可能です)。でもやることには意義があります。そしてこれは確実に今の道具を使用する一助になります。<br />
<hr>T87　2038　[2001.11.6_8:33]<br />
ここのところ毎週楽しみしていたのですが。小泉先生、ワインガルトのぼろぼろのTypographieをみたら色のページがありました。その他も上の方の空間がない分ずいぶん印象が違いますね。「自分を知ることから始まる」ですか。自分を見極めないと一般論ですら通用しませんもんね。私の場合、まずそこから考えないと。体験。ワクワクするのも体験の第一歩ですよね。できる限りさわってみようと思います。バーゼルとチューリッヒの話題ですがむかしのT誌にシュミット氏がチューリッヒ・タイポグラフィのとの大きな違いと明言し「元来理念に基づく使命であるタイポグラフィの、退廃や浅薄化を招いたことに関しても、その責を負っている」と、強く正しています。その使命とはこのTypographieから少なからずくみ取れますよね。そして次には山本太郎氏の記述があります。Typographieからのモジュールの引用がありました。どちらもわかりやすい解説ですね。Typographieでは空間の均衡（？）の説明の後見開きでパンテオンとロンシャンですね。黒いやつもそうなのでしょうか。パンテオンをみるといつもコルビュジェの言葉を思い出します。「大理石があるからここにパンテオンが建つんだ」ロンシャンもこの丘に建つべくして建ったんですね。古代建築と現代の大胆な建築を見開きで並べプロポーションの捉え方を解説していますがこの見開きはいいですね。ここでのデザインの必然性を感じます。感覚と直観（直感？）から生まれるモデュール。<br />
<hr>T88　koizumi　[2001.11.6_11:26]<br />
Book"Typography"/BaselのChatの意義のようなこと：ぼくもまだまだわかり得ないことがこの2册の本には隠されています。つまり、この本の内容を多角的に見て、掘り下げることが重要です。多くのデザインやタイポグラフィの本のように単に作品が紹介されているものとは違うのです(くどいですね、前にも書きました)。つまり、眺めてきれい、アイデアをパクるための本ではないからです。もっと言えば、その本をただ英語から日本語に正確に翻訳したらそれが解決かというと、それも違うとぼくは思っています(これも前にも書きました)。<br />
<hr>T89　n　[2001.11.7_21:35]<br />
こんばんは・・・もどってきました。<br />
●k000301さん：こちらこそ。私は誤解を生んでしまいがちです。そして、私もモニター上のコミュニケーションがうまくありません。ちょっと道をはずした「調べもの」かもしれませんが。・・ルダーに入ります。「shoddy craftsmanship」「見かけ倒しのクラフトマンシップ」Introductionの始めの方に出てきた、何でもない一言でした。「見かけ倒しのクラフトマンシップと近代愛好主義が起こした混乱・・」たぶんそんな一文です。「では、彼らのクラフトマンシップとは？」という疑問から「ギルド」をマジメに考えました。その神聖な職人精神と発達精神を背景すると、個人的にはわかりやすくなることがありました。（発達精神とは、この場合商業的な意味ではなく、「職」に対する追求心としました）ギルド制度は産業化で衰退しますが、精神は生き続けたのだと思います。本来の「純粋な職人としての発達精神」も頑固に存在し、一方で近代化の波の中で「発達精神」から自己啓発的な思想（うまくいえません）も生まれたのかもしれません。スイスはもしかしたらその2つが純化したのかな、と考えたりしてました。<br />
●チューリッヒには「思想」を感じてました。それは本質を求めた時に、合理性を追求する方向にいった気がします（合理性にいくところが「？」です）そして合理性から職人を「分業」に閉じこめる仕組みを作ったのかもしれません。※<br />
●バーセルは「職人達の手と目を信じる世界」。職人の歴史ある精神を背景した時に「理屈ではなく、これは血なんだ」とやっと自分なりに理解できました。「自然」というコトバも結びつきました。そして職人に徹することができたナゾは、やはりバーゼルの土地や歴史にある気がします。ウイリアム・モリスがギルドに見る「クラフトマンシップ」の特徴。（一部）<br />
<hr>生産工程における分業ではなく、ひとつのものをその完成まで自身で作っていく性格を持っていた。<br />
<hr>（この精神がいつの時代まで職人の意識にあったのかわかりませんが）本来の「職人精神」がそういうものだとしたら、（上記※）分業は職人を技術者にとどめてしまう気がしました。分業というよりも、そこにあった理論が本来の「職人精神」を壊す仕組みを持つのかもしれません。「イデオロギー的には反対」「T誌のシュミット氏」にも思わず結びつけたくなってしまいますが、しかし、たった一言から始まった思いつきなので、まったくもってわかりません。あまり細かく考えないで読み進めていったほうがいい気がしたので、進めてます。・・建築・・課題です。<br />
<hr>T90　koizumi　[2001.11.11_20:42]<br />
User-Agent: Microsoft-Outlook-Express-Macintosh-Edition/5.02.2106<br />
Date: Fri, 09 Nov 2001 20:06:33 +0900<br />
Subject: Emil Ruder Typographie<br />
From: helmut schmid<br />
---<br />
dear hitoshi,<br />
the 7th edition of emil ruder's typography is out.<br />
reprinted as the original version of 1967.<br />
ruder's typography is as fresh today as 34 years ago.<br />
greetings<br />
helmut<br />
<hr>T91　2038　[2001.11.12_8:07]<br />
職人の話の展開がちょっとよくわかりません。簡単に言ってしまうと（小泉先生に注意されそうですが）私は今、植字工といわゆるデザイナーのことを問題にしています。日々感じるのは、 いわゆるこのデザイナーというものが希薄になってきている感じがするのです。それで前回まで書いてきたのですが、デザイナーとルダーの言う植字工を比べるとTypographieをやるのはTypographという特殊な技術を取得したものでなければいけないような気がしてくるのです。そうするとやっぱり今その存在に近いのはデザイナーですよね。Weingart, Schumid両氏ともタイプ・セッティングの経験をふまえデザインしていますよね。私は写植もほんの少しで、活字は全然です。ここで私が考えるのがRuderのいう問題が植字工のいない現代において、デザインの中でTypographieをはさみ、それが生じているということです。<br />
小泉先生、私も今のところこのTypographieという言葉に寄りかかっているようです。先日そういう人とちょっと喧嘩してしまいましたが、私もその人と今のところ変わらないのでしょう。ただ読んでるだけではだめなのですね。多角的に見て、掘り下げる。実は全然WeingartのTypographyを読んでいません。最近0431さんは忙しいんですかね？<br />
<hr>T92　koizumi　[2001.11.12_9:04]<br />
はい、その人によって違うと思いますが、タイポグラフィの習得の方法にはいろいろあると思います。ルダーの本の読み方も。(前に何度も言っていますが)ぼくは必要な時、自然にページを開いているのです。Schmid氏も言っていましたが、1ページから順番に読んでいく本ではありません。喧嘩ですか。。。ほどほどに。他人は他人。自分を確立するほうが重要でしょう。相手があなたにとって大切な人なら別ですが。日本のデザイナー(自称タイポグラファー)は他人を気にし過ぎが多い？Weingartの本の読み方はRuderのとは違うと思います。比較的大きな文字のことばに隠された多くのことがあると考えています。とにかく、この本はこれからです。あわてることはありません。<br />
<hr>T93　n　[2001.11.16_22:23]<br />
話の展開がわからないというご指摘に反省。書きたかったことは、おそらく「理屈ではない」を自分なりの納得ができたこと。分業については、ポジションで分割できないものを改めて思い出していました。2038さんのギモンと混乱させてしまったのでしたらごめんなさい。ちょっと別のことです。本にシンクロできる前提を探して、つまづいた一言、歴史的な背景は何でもよかったのかもしれませんが、直感の先には知りたいことが潜んでいると信じています。私は思考に暴走癖があるので、ちょっとこっぱずかしいですね。チャットに適した書き込みができるのか・・・心配です。ルダーが現代にいたら、デジタルを受け入れただろうと夢見ています。個人的にはデジタル世代にも、メディアに関わらずタイポグラファの可能性を信じていますが、今は混乱の過渡期と考えています。「可能性」は天から降ってくるのではなく、地から生えてくるものだと思っているので、現代の課題は、やはりその土壌にいる我々なのでしょう。しかし「自称」というのは？？？語らずとも仕事に出る方を尊敬しています。近頃、行動派爆走中なので、様々な資料や人との出会いがありました。その中には1960年の「TM」（60年代は初めて見ました）、「Typographie」3rd edition 1977、表紙が黒、正方形に近いペーパーバックもありました。ショックでした。しかし、本当の感想はオリジナルを見てからですね。近日中に初版も見れると思います。<br />
<hr>T94　koizumi　[2001.11.27_1:24]<br />
Ruder's Typography Original Reproduction版、手に入れました。バーゼルの本屋ではSfr.98.--です。<br />
<hr>T95　n　[2001.12.11_21:06]<br />
こんにちは。先日は本当にありがとうございました。直接お会いしてお話を伺えたこと、ひとつひとつが貴重な瞬間でした。<br />
---<br />
私が所有しているルダーの「Typographie」は、6th edition 1996のペーパーバックですが、知人から1967年の初版を借りました。オリジナルを開いて最初に感じたのは、成立したグリッドでした。そしてブックデザインというものをとても考えさせられました。直感ですが、それをもって内容を証明するのが、この本の本来の姿なのではないでしょうか。また、オリジナルで初めてあのロゴの意図を見た気がします。Colourのページもびっくりですが、各章の白い扉も眩しく、本全体から放たれたリズムを感じました。初版を見れたのは嬉しいことでしたが、同時にペーパーバック版の変わり様を知ることにもなり、大変ショックでした。ペーパーバックがオリジナルのクオリティを保つことはないでしょうし、サイズが違うことも知ってはいましたが、想像以上の改版であったことに、胸が痛くなりました。正直なところ、こういう改版のあり方は、私には「事件」のように思えてしまいます。グラフィックの混乱が見られるこの時代に、オリジナルに戻るのも、何か重要な意味を持っている気がしました。<br />
<hr>T96　koizumi　[2001.12.12_9:05]<br />
先日はお会いでき、たいへん貴重なご意見いただきました。どうもありがとうございました。また、多摩美術大学美術館でのレクチャーはぼくにとって、今後自分自身をどうのようにしていくかを見せてくれた好機だと思います。それは20代でルダーのタイポグラフィやTMに出会ったことと同じなのです。さて、オリジナル版の復刻を当日みなさんにお目にかけたのもそのようなことで、初心にかえることはデザイナー、タイポグラファーにとってたいへん大切なことなのだと思います。来てくださって、ありがとうございました。<br />
<hr>T97　0431　[2002.3.22_4:28]<br />
こんにちは、おひさしぶりです。2038さんの言うように最近は異常に忙しく、注文していたオリジナルデザインのtypographieがniggliから届くまでここに来る余裕もなく働いてました。。。本の第一印象は今までとは全く違う本と感じました。（こちらがオリジナルなのですが、、、）最近雑誌のデザインをするのですが、よく文章の最後の行が極端に短くなる事を嫌ってその段落や節の文字間隔をいじります。この本を見ると段落の最後の行が1語だけの事があるのですが、ページの中で文字の間隔を変えるのは避けたのでしょうか。それともデザイン的にはあまり重要な事ではないのでしょうか。<br />
<hr>T98　koizumi　[2002.3.26_21:21]<br />
0431さん、おひさしぶり。niggliから来ましたか。おめでとう。<br />
＞ページの中で文字の間隔を変えるのは避けたのでしょうか。<br />
絶対に避けるべきでしょう。余計なことを言いますとぼくの本にはそれを避けるため、そして違った禁則を気づかっていたためたくさんの失敗があります。ほんとうに残念です。日本語は特にむずかしい。<br />
<hr>T99　koizumi　[2002.3.23_20:37]<br />
みなさん、最新の『ベースライン』を見てください。ABCあたりで売っていると思います。<br />
User-Agent: Microsoft-Outlook-Express-Macintosh-Edition/5.02.2106<br />
Date: Sat, 23 Mar 2002 10:21:00 +0900<br />
Subject: kirschblueten<br />
From: helmut schmid<br />
---<br />
dear hitoshi<br />
are you watching the cherry flowers<br />
...<br />
baseline 36 is out and<br />
i am going to send you the issue.<br />
helmut]]></description>
 <category>Ruder/Typography_2</category>
<comments>http://htypo.net/archive/index.php?itemid=42</comments>
 <pubDate>Wed, 20 Sep 2006 04:53:39 +0900</pubDate>
</item><item>
 <title><![CDATA[エミール・ルダー_1]]></title>
 <link>http://htypo.net/archive/index.php?itemid=41</link>
<description><![CDATA[ナカダ　[99.7.8_1:07]<br />
「バーゼルへの道」でエミール・ルーダーの『タイポグラフィ』の翻訳がすすめられていると書いてあったのですが、何か知っていたら教えてください。お願いします。<br />
<hr>koizumi　[99.7.10_22:27]<br />
ぼくが知っているかぎりでは『タイポグラフィ』の日本語訳は10年ぐらい前に存在はしています。しかし、いろいろな事情があり出版はされていません。ぼくにはいつ出るかわかりません。待っていてもしょうがないので、がんばって原著の英文を読みましょう。 その方が力になりますし、深意がむずかしい部分がありますが、自分が成長すると理解できることが増えてきます。ぼくも今だにその線上にいます。つまり、いっぺんに読む本ではないということですね。<br />
<hr>ナカダ　[99.7.13_2:57]<br />
エミール・ルーダーの『タイポグラフィ』について質問なのですが、初版の方は正方形なのに、今出ているものは長方形になっている。これはルーダーの意思で今の形になったのでしょうか？僕は現在出ているほうが「間」ができていて見やすいと思うのですが、どうなんでしょう？<br />
<hr>koizumi　[99.7.16_1:27]<br />
そうですか。初版ハードカバーを御覧になりましたか。ぼくも実は版型についての真意はわかりません。おそらくペーパーバックにしたときの都合だと思います。ぺーパーバックもNiggli版、アメリカ版、スペイン語版。。。韓国語版などたくさん出ています。ところで、ぼくはオリジナルのハードカバーが緊迫感があり、やはり好きです。加えてColorの章やヴァリエーションの観音ページが充実してますし、ディテール、たとえばUniversの55と65の違いを示している箇所などはペーパーバックは刷り物から起こしていますので問題が生じています。それと、聞いた話にところによると、再販に際してペーパーバックを希望したのはルダー自身であったようです。学生のために少しでも安価にするために。<br />
<hr>ナカダ　[99.7.21_2:14]<br />
『タイポグラフィ』の緊迫感とペーパーバックの危険性がよく分かりました。ありがとうございます。そしてまた質問。「バーゼルへの道」で『茶の本』を知り、読んだのですが（村岡博訳）、この本はヨーロッパではどのくらい読まれているものなのですか？これも原著の英文を読むべきなんでしょうね。まさに「所詮、錦の裏を見ぬに過ぎぬ。」ですね。 ところでkoizumiさんは英語やドイツ語はどのようにして覚えられたのですか？話は変わって「タイポグラフィは感覚だけでは勝負にならない、スポーツ選手のエクササイズと同じ」に賛同します。僕の知人でギターのプロを目指している人も同じようなことを言ってました。僕がデザインにのめり込むきっかけはアイデア誌でJ.M.-Brockmannのポスター群を見てからでした。では。<br />
<hr>koizumi　[99.7.23_0:23]<br />
ナカダさま、岡倉覚三著『茶の本』。ぼくは英語オリジナル、ドイツ語訳、日本語訳しか知りません。いづれもオリジナルの初版本は見たことがありません。見てみたいものです。ぼくが持っているものではドイツ語版のブックデザインが一番よい。個人的には日本語訳はすばらしいと思います。難解な部分があるかもしれませんが、それを読まれれば十分ではないかな？バーゼルではルダーがこの本が好きであったと聞いています。他のうわさは聞いていません。ところで、おはずかしいですが、ぼくは英語が通じる程度しか話せません。ドイツ語はほんのすこし、ほとんど聞き取れないといってよい。バーゼルに行く前は英語もダメでした。ワインガルトからまず英語がしゃべれるようになってから来るように言われたぐらいひどかった。つまり、向こうで覚えました。そうですか、ブロックマンZRH。。。ポスター何がお好きですか？<br />
<hr>ナカダ　[99.7.28_0:25]<br />
岡倉覚三著『茶の本』はメジャーではないのですね。少し残念。ところJ.M-Brockmannのポスターで好きなのは、あえて言うなら「der Film」のポスターです。でも、もちろんmusica vivaのポスターも大好きで、というか彼の作品はほとんど好きです。亀倉雄策さんが言うように、哲学的、禁欲的であるところが好きです。では。<br />
<hr>koizumi　[99.7.29_9:28]<br />
ぼくは思いますが、メジャーなものが良いものであるとは限らないと思います。また、世の中にはメジャーでないもので良いものがたくさんあるということです。『茶の本』はメジャーですが。。。 <br />
<hr>ナカダ　[99.7.30_1:51]<br />
メジャーなものが良いものだとは限らない。まさにその通りだと思います。良いものもある。悪いものもある。素晴しい『茶の本』がヨーロッパでメジャーなら素敵だなって思ってただけです。メジャーなら良かった。話は変わって、僕も2冊だけですがTMを見て、専門的な印刷機器など満載な本のような感じだったのですが、これは本来どういった雑誌なのでしょうか？例えばこの号がオススメなどありましたら教えてください。<br />
<hr>koizumi　[99.8.1_9:56]<br />
はい。「よいものもある。わるいものもある。」＝YMOです。まさしくこれを見分ける洞察力を育ててください。 TM2冊。いつごろのでしょうか？ここ10年ぐらいは数冊を除いて、あまり良い号がありません。本来はタイポグラフィつまり組版職人のための専門誌といってよいでしょう。 戦後AGSにデザインが入り込む頃から興味深い雑誌になってきます。ルダーの『Typography』に出てくる作品群の中には学校でのプロジェクトと同時的にTMで発表されたものがあります。画期的でした。そして世界的にタイポグラフィの雑誌として金字塔になったのです。オススメの号はたくさんあってここでは示せません。また有名な号は世界中のファンが探していますので、きわめて入手困難でしょう。<br />
<hr>ナカダ　[99.8.4_3:01]<br />
僕が見たTMは、1960年の8/9号と、もう一つはよくわからなくてtm sgm rsi 5と表記されているものです。YMOをお聴きになるんですね。素晴しきSNAKEMAN SHOW。ところで、僕は今、グラフィックデザイン関連の前後関係が知りたくて、「グラフィックデザイン」誌の100号と「Trasition of Modern Typography」の年表などを見ているのですが、他に良いものがあったら教えてください。<br />
<hr>[メモ]<br />
Referencesの項を参照。<br />
<hr>koizumi　[99.8.17_23:21]<br />
さあ、エミール・ルダーの『タイポグラフィ』に関するためだけのチャットのスタートです。もちろん教科書はEmil Ruder "Typography" /Verlag Arthur Niggliです。 参加者みんなで理解やすい日本語にして、内容の背後にあるものまで深く追求していきましょう。もちろん図版のことも含めて考えていきます。まちがえを恐れずどしどし参加してください。<br />
<hr>かつき　[99.8.25_1:26]<br />
さっそくでばなをくじきます。私の手元にある文章は『タイポグラフィ』の訳文ではなく、1980年に出版された別冊アイデア「タイポグラフィ・トゥデイ」だということが判明しました…。ごめんなさい。ヘルムート・シュミットさんが企画編集されたものだそうなので、価値あるものではあるのですが…。そこで提案、ここをもっと定義を広く「タイポグラフィの過去の歴史やデータ」情報のやり取りの場ととらえるというのは？実際、タイポグラフィの通史を把握したくても、まとまった資料はあんまりなくて、探すの大変だというのは本当に思っているので…。<br />
<hr>koizumi　[99.8.26_9:40]<br />
かつきさん、そうですかー。訳ではなかったのですか？？そして、ご提案ありがとう。しかし、このチャットはルダーに関してに限定します。定義を広くしたものはメインのチャットでお願いします。(歴史的範囲もできるだけモダンにしてください)。ここではルダー著『タイポグラフィ』に関してどのようなことでも結構です。そして、もちろん部分的な和訳でも質問でも結構です。みなさんからお待ちしてます。<br />
<hr>さとう　[99.9.1_4:50]<br />
はじめまして。こんなチャットがあったのですね。数人のメーリングリストで6月からRuderのTypographyの読書会をやっています。（参加者の方からこのチャットの存在を教えてもらいました）毎週1〜2ページずつとゆっくりペースで始めたばかりなのですが、わからないところなど、またこちらでもみなさまにご相談させていただけるとうれしいです。よろしくお願いします。<br />
<hr>koizumi　[99.9.1_9:52]<br />
さとうさん＋読書会メンバーの方々：すばらしい！どこの都市でやっているんですか？このチャットは始めたばかりですし、まだワクしかありません(グスン)。今後一ヶ月も何も意見が入らなかったら、はずかしいので閉じようと思ってました(ルダーに失礼)。先日ぼくの東京のヴァーチャルオフィスにヘルムート・シュミットさん(ルダー・クラスの生き証人)がいらしたときにも、ちょっとこのチャットの話をしました。チャットでのやりとりが高度になったら、彼にも参加してもらおうと考えてます(もちろん英語ですが。。。)。つまり、オフィシャルになる可能性はあります。ですから、ぜひぜひ積極的に今までの成果などを載せてください。<br />
<hr>さとう　[99.9.4_16:44]<br />
コメントありがとうございます。 読書会MLは東京の方が多いですが、関西や九州のかたもいます。シュミットさんにご相談できるようなレベルにはまだまだですが、ともかく「わからないなりに最後まで読む」のが目標です。ほかのみなさまも、もしよかったらぜひ。成果と呼べるようなものではないですが、わからなかった箇所など 週末に少し見直して、また書き込ませていただきますね。 <br />
<hr>[メモ]<br />
随分前ことですので、アドレスなどは割愛しました。<br />
<hr>さとう　[99.9.8_3:07]<br />
見直したらいろいろとあるので、順次書かせていただきますね。(ページ数は6版のものですので、ひょっとしたら違いがあるかもしれません。) p13に碑文の図版がありますが、p12にはwritten characterとあります。 writtenと言った場合、手書きだけでなく彫った文字なども含むことがあるのでしょうか？<br />
<hr>koizumi　[99.9.8_20:30]<br />
p.13の1行目に出てきますね。これは一般論ですが、石に彫られてもひとつひとつ書くように文字を形成させるのでwriteでしょう。 ドイツ語ではSchrift。こっちはクリアーですね。<br />
<hr>ナカダ　[99.9.8_23:22]<br />
現在見ているものは第3版なのですが（借り物）、6版のものとページが異なる（碑文の図版はP11）。この違いはどういう違いなんでしょうか？<br />
<hr>koizumi　[99.9.9_19:56]<br />
ぼくもすべてのエディションをもっているわけではありません。コレクターではないので、おそらく5册ぐらいですが、今ここで見ているのが4th revised edition 1982です。大学院のスタジオに6th editionはあると思いますが、お話では違いは2ページ。PrefaceかIntroductionがないのでしょうか？ よくわかりませんが。あまり、本来の本書の内容には大きな影響はないと思いますが？つまり重箱の隅をつっつくよりはこの本の全体の偉大さを追求してほしいです。もちろん、オリジナルのthe first editionは作品として全く別物です。<br />
<hr>さとう　[99.9.12_7:12]<br />
小泉先生、解説ありがとうございます。読書会MLにはフランス語のわかるかたはおられるのですが、ドイツ語はいらっしゃらないようなので、ドイツ語部分の解説は大変ありがたく読ませていただきました。schriftを独和でひいてみると「字面、筆跡、手書きの字、碑銘」などとありました。この文脈の中では、字の形というような、範囲の広い意味だったのですね。なるほど。p10の最後の段落で、「タイポグラファは可能な組み合わせの多さで疲れ果ててしまうため、可能な方法を限らなければいけない、そうしないと死んだタイポグラフィになってしまう」というような箇所がありますが、なんだか可能性を限るとむしろ死んでしまいそうな気がして、いまひとつここの真意がよくわかりませんでした。無駄な力を使わずに、注意や労力を向ける先を要点に絞り込め、ということなのでしょうか。先を読み進んでいけばわかるのかしら？と気長な宿題にしていたのですが…。<br />
<hr>さとう　[99.9.12_7:38]<br />
もうひとつ。12ページ（碑文図版の左ページ）の4段落目の「Littera umanistica」というのは、どんなものを言っているのでしょうか。MLでは「ラテン語で、人文主義者の文字という意味ではないだろうか？」などと（根拠のない）想像をしていたのでございますが…。ルネサンス期の文字の発展と、なにか関係あるのでしょうか。（全然違っているかもしれませんが）<br />
<hr>さとう　[99.9.12_7:45]<br />
何度もすみません。あとひとつだけ。 あのう。テキストの版のことなのですが、「オリジナルのthe first editionは作品として全く別物」 というのは、どうしてなのでしょう？（どこがちがうのでしょうか？）<br />
<hr>koizumi　[99.9.12_20:16]<br />
さとうさん、なかなか勉強していますね。インターネットをこのように人生のプラスに活用している人がいると、ぼくは俄然エキサイトしてしまう。(このようなテクノロジーはくだらんことに使う人が多いので。。。) <br />
p.10のこと、これは重要です。さとうさんの考えでほぼ良いと思います。たとえば右ページに示されているようにいろいろな書体からひとつに絞っていくことを例にしても良いと思いますが、何を根拠にするかというのはタイポグラファーの生きた力量と思います。<br />
これはただ表現上良いからとか、何かの模倣であってはいけません。まあ、先に進むとより明確に具体的になっていくでしょう。余談ですが、最近やたらとスイス・タイポグラフィモドキっぽいものが巷に増えていますが、ひとつのファッションっぽくなるのはうれしくない。 <br />
p.12の4つ目のパラグラフのはじめのラテン語。すみません、ぼくはよくわかりませんが、要は小文字の起源なんですね。ある種の異質？どなたかラテン語に強い人に聞いてください。ぼくが思うには大文字に何かが混ざって、今日のアルファベットに至っているんですね。だからルネッサンスに戻るということではないと思います。<br />
オリジナル本についてですが、実物を見ることはなかなかないと思いますが(ひょっとすると年輩のGデザイナーはお持ちですよ)、ハードカバーで判型も正方形に近い、活版清刷りから直接オフセット印刷(今のはおそらく刷物から起こしているので見づらい図版がある)、つまりブックデザインとしての作品とみると完成度が高いとぼくは思います。もしかすると次の版はオリジナルに戻るかもしれません。<br />
<hr>さとう　[99.9.15_7:39]<br />
1. 何を根拠にするかはタイポグラファーの力量、ということで思い出したのですが。Ruderはtypoprapherとtype designerの語を使い分けているのでしょうか？　p12の4段落目には「タイプデザイナーだけでなくタイポグラファもまた」というような表現がありますが、書体を設計する人と、それを組む人、というような使い分けなのでしょうか（文脈によって違うのかもしれませんが…）。<br />
2. Littera umanisticaはラテン語だったのですね。University of Notre Dameのラテン語オンライン辞書で検索してみました。<br />
Results for query "Littera":<br />
littera : letter (of the alphabet).<br />
litterae : (pl.) letter, epistle, missive, note /literature.<br />
とありました。umanisticaはうまく探せなかったので、気長に探してみます。<br />
3. オリジナルは正方形なのですか。そうすると図版ページのキャプションの処理なども違うのですね。使っている書体は同じなのでしょうか？ というのは、3カ国語併記なのですが、その言語のイメージの強い書体から距離をおいたneutralなtype face（p12の5段落目）、というものをRuderはどう考えてこの本を作っていたのかな、と思いましたので。（知識がなくて、欧文書体の「その国らしさ」や歴史がよくわかっていないのですけれど…）<br />
4. p14の3段落目の最初のほうに出てくる、「Yachting style」とはなんでしょう？　文脈からするとアールヌーヴォーの何かかな、とも思うのですが…<br />
<hr>koizumi　[99.9.17_21:11]<br />
さとうさん、ぼくの連載のhtypo5『文字をつくる人、文字を使う人』を読んでください。そうラテン語はいろいろな学名にも使われているように正確に定義するとき使うようですね。ご想像のように、正方形になると当然上段の部分の論文が下段に入り込むわけですが。。。絶妙です。単純に考えるとペーパーバック版のように上下別れているほうがplatesをけがしてないようですが。。。オット・エックマンについてちょっと調べます。時間ください。<br />
<hr>koizumi　[99.9.23_13:12]<br />
Otto Eckmannのyachting styleですが、おそらく、おそらくですねー「ペーター・ベーレンス」のヨットのマークのことじゃないかなーっと思います。ユーゲントシュティールっというアールヌボーがドイツに普及したときのシンボルみたいなものです。したがって、彼が作った植物的な書体をシンメトリックに組んだタイポグラフィのスタイルでしょう。ひょっとすると間違えているかも。ぼくちょっとモリスとかミューシャとかドルナッハとか生理的にダメなんです。でもSchwarzWaldは最高なところ、すばらしい森と自然。とにかく、19世紀は本当にわからないのでこのへんで勘弁してください。<br />
<hr>さとう　[99.9.25_4:26]<br />
小泉先生、調べてくださって、ありがとうございます。気軽におうかがいしてしまいましたが、自分でももうちょっとまじめに調べないといけませんね。面倒な調べものをお願いしてしまったようで反省しています。ところで、例のラテン語ですが、「ユマニスト体」というそうで、Humanist Type Styleについては専門サイトに説明がある、とMLのほうで情報をいただきました。 こちらのチャットから参加してくださったみなさまにも、情報いただきました。ありがとうございます。SchwarzWaldは行ったことがないのですが、一度行ってみたいです。でもドイツ語がわかるともっと楽しそうですね。<br />
<hr>さとう　[99.9.25_4:33]<br />
たびたびすみません、ひとつ書き忘れました。ぼくの連載のhtypo5『文字をつくる人、文字を使う人』これはこのサイトのどこかにありますでしょうか？（すみません、うまく探し出せなかったのです…）あるいは、「デザインの現場」本誌のほうに書いておられるのでしょうか？<br />
<hr>koizumi　[99.9.25_10:40]<br />
さとうさん、気軽にできるのがこのチャットのよいところでしょ。ララン語までみんなが協力して調べられる。。。なんてやっぱりインターネットはすばらしいツールですね。ぼくひとりじゃしそうもない。さてhtypo5は連載です。1998/4月号です。ぜひご覧ください。<br />
<hr>ニノミヤ　　[99.10.5　10:58]<br />
皆さんはじめまして。 ニノミヤと申します。 話題を変えて恐縮ですが、自分の興味あるところから質問します。 Le CorbusierやMiesの写真が何点かありますが、 Ruderの建築との造形的関わりみたいなものを幅広すぎると思いますが教えていただきたいです。 時代もあるけど、やっぱりCorbusierなんですかね。 RochaｍpやCorbusierを編集した本があるんですかね。 よろしくお願いします。<br />
<hr>koizumi　[99.10.7_20:35]<br />
ニノミヤさん、ぼくにはRuderと建築との直接関係はよくわかりません。シュミットさんに聞いてみましょうか？ぼくがわかる範囲では我母校の建築は工芸学校としては最高でしょう。Architekt=Hermann Baur。彼はおそらくルダーと同時期に学校に関係していたはずです。 それと"Ein Tag mit Ronchamp"という、写真を中心にまとめあげた本が存在します。もちろんBuchgestaltung(Book design)=Emil Ruder、数少ないルダーの完全デザイン本です。一言すばらしい。ぼくはロンシャンの本の中で歴史上最高だと思ってます。<br />
<hr>ニノミヤ　[99.10.8_10:18]<br />
いやー、その史上最高のロンシャン本、一度拝見したいですね。ありがとうございました。では、また。<br />
<hr><hr>T22　koizumi　[2000.5.28_9:25]<br />
前にも書きましたが、ルダーの『タイポグラフィ』は永遠です。一度全部読んだからって済むものではありません。<br />
<hr>T23　koizumi　[2000.5.28_9:42]<br />
つまり、他の本を読んだり、仕事をしたり、全く違った経験やもちろん直にタイポグラフィの経験を積んで、それでまた『タイポグラフィ』を読み直すことで良さがわかってくる本だと言うことです。前にも確かHochuliの本を全訳し終わった人が「シンメトリー」と「アシンメトリー」ということばを訳せても、その深い意味がわからなかったので、ぼくに質問をした例をいったと思いますが。それでは単なるお勉強なのです。おそらく身に付いていない。みなさんはいろいろやって、本を必要な時に活用して、成長していくのがプロということしょう。<br />
<hr>T24　さとう　[2000.5.29_5:32]<br />
そうですね…。Ruderを読んでみようという必要性（？）を感じたのは、やはり自分で少し仕事をしてからでした。（ここのみなさんは意識が高くてスゴイ…と感心してしまう。）やはり、ばくぜんと「いい本」というより自分の必要性、ということでしょうか。「シンメトリー」の例を出されていましたが私が今Ruderのテキストでわからないのは「グレー」です。（意味、というか、グレーの機能、というか）自分が思っていた意味とはどうも違っていたように思っています。わからないなりに、ともかく最後まで読んでみようと思っていますが。『タイポグラフィの読み方』というのは単行本でしょうか？たのしみにしております。<br />
<hr>T25　koizumi　[2000.5.29_20:51]<br />
さとうさん、がんばってください。グレーについてですが、文字が組まれた面を漠然と言うことが多いです。つまり、真っ黒のソリッドでなく、白でないということです。連載では「文字がつくる面」で話してます。『タイポグラフィの読み方』はデザ現のムック『本づくり大全』のシリーズで9月に出る予定です。ワインガルトの『Typography』のアンサーブック？かな。そこまではいきませんが、ぼくのを読むとわかりやすくなります。ワインガルトの本はちょっとみなさんには取っ付きにくいかも知れませんね。<br />
<hr>T26　さとう　[2000.5.30_4:30]<br />
はい。ありがとうございます。グレーは、たしかに文字の並んだ面、とはなんとなく思っていたのですが、文字のつくる濃度（：ファミリーとの関係）と、ページ内でのグレー面の構成的な意味というのはRuderが書いているようなことほどはっきりと意識していなかったように思います。なんだか、感覚で漠然とそうなんだろうなーと思っていたようなことを明白に理論として（？）整理して言い切られると、おおー、という気持ちになります。でもなんだか、まだ私のわかっていない領域（？）が「グレー」にはあるのではないだろうかーという気がしてます。このへんの話題は、「文字がつくる面」の回ですね。さがしてみます。今の仕事が終わったら、ワインガルトも探しに行ってみます。（なかなか、出かけられずにいます…。）また、本がみつかったら書き込みます。<br />
<hr>T27　2038　[2000.10.12_1:03]<br />
久しぶり投稿します。ティー誌のスイス・タイポグラフィ特集を読み返しました。ロンシャンまた見たくなりました。もう一度みたいです。こんどは中身も読みたいです。Typographieはずっとサボっていたのでちょっとまずいです。ちゃんとやらないと。<br />
<hr>T28　koizumi　[2000.10.13_9:17]<br />
2038さん、バーゼルの本についての意見があまりないので今年限りでこちらはやめようと思っています。ティー誌のバックナンバーには良いものがあります。ぼくも大学院の授業で使用しようと思って準備中です。ロンシャン。そう行ってみないとあそこはわからないですよね。そしてあの本のよさが倍増。ぼくもまた行きたいな。ルダーの本、ワインガルトの本、共に歴史に残る本ですね。お互いじっくり読み続けましょう。<br />
<hr><hr>T71　0431　[2001.7.10_3:26]<br />
あ、すみません。Typographie が流行だったことで多くの人のがもっとタイポグラフィや文字について今までより慎重になったのではないかと思います。僕もそうですが、いつもカバンの中に入れて持ち歩くというよりも、知識として常にデザインをする時に心掛けるようになりました。<br />
<hr>T72　koizumi　[2001.7.10_15:42]<br />
そうでしたか。深い意味があるのかと思いました。ぼくはルダーのタイポグラフィは流行りでないと思います。0431さんが慎重になったのはよいことですが流行りとはそういう意味ではないと思います。ちなみに、20代のぼくはたいてい持ち歩いていました。今も長岡、実家、仕事場そして。。。ぼくの行く頻度の高いところには1冊置いてあります。<br />
<hr>T73　0431　[2001.7.21_8:53]<br />
今日届いたNiggliの2001/02年版のカタログに出ているルダーのtypographieのフォーマットが正方形に近い形で黒い表紙に変わっているのですが、これは改訂されたということでしょうか？この場合説明などはどこに載ることになるのでしょう？<br />
<hr>T74　koizumi　[2001.7.21_9:45]<br />
0431さん、さすが早いですね。朗報です。帰国したばかりのシュミット氏からの17日付けファクス(部分)：<br />
this autumn, ruder's book will be published in the original size by niggli.<br />
と来ました。彼にはほんとうに感謝！抜けていたcolorの章や観音ページそしてそのため削られていた図版が入るのでしょう！うれしい。たのしみ。0431さん、解説の入り方は出てからのおたのしみということで。<br />
<hr><hr>169　n　[2001.10.9_22:46]<br />
こんにちは。レクチャーを受けながらも、こちらはもっぱらRuderの「Typographie」に夢中です。毎日少しずつですが、辞書を片手に調べています。もっと早くに読むべき本だと思っていたのですが、読み始めてみると、今の自分でなければ理解できない一冊に思えました。ワインガルト先生の本は次の課題として書店で見るにとどまっているのですが、第一印象は「難解」でした。しかし、レクチャーを受けてからその印象は随分変わり、またRuderと共通するものも発見できる気がしました。［負］から［正］を探るというか、［裏］を［表］に変換させるというか。例えば、活字のゲタ（裏）から類似するグラフィック性（表）を探ったり。ロゴにおいても、ひとつを語るのに「多国語並記」とするところを、全く逆のカタチで成立させてしまう。これって、前からくるパンチを後頭部で受けてしまったショックです。Ruder「Typographie」序文に、彼によって "the passive background is transformed into a vital and active foreground." とありますが、そういったことに繋がるように思えました。新たな可能性は、いつも見えないところに潜んでいるんですね。]]></description>
 <category>Ruder/Typography_1</category>
<comments>http://htypo.net/archive/index.php?itemid=41</comments>
 <pubDate>Wed, 20 Sep 2006 04:52:23 +0900</pubDate>
</item><item>
 <title><![CDATA[ウォルフガング・ワインガルト]]></title>
 <link>http://htypo.net/archive/index.php?itemid=40</link>
<description><![CDATA[375　2038　[2003.4.11_21:17]<br />
質問です。ずいぶん前の話題で恐縮ですが343の活字はサカサでは表示しないのですか？僕はアルファベットはサカサで組むと習いました。（でもそれは水平の所に置くからですかね？）ワインガルトの初期の作品で正方形が多いのは最初とりあえず活版としてサカサに組み正方形だかくるくる回していろんな方向からトライするのかなとかも考えしました。初歩的な質問ですが漢字仮名はサカサじゃないのですか？サカサ、サカナ<br />
<hr>376　koizumi　[2003.4.12_11:36]<br />
Winkelhakenじゃないの。活版に対して情熱があればよいのではないかな？サカサというのは天地という意味でしょうか？もちろんそれでなくては行頭1行目から組めませんから当然でしょう。しかし、この場合、コンピュータ上で素人には左右逆で天地も逆だと全くわからなくなる。ですから単にミラーイメージにしています。これだけでも結構錯覚が起きるんですね、ですから。おそらくCDロムを見ていただいていると思いますが組版する時はモニターを持っていくわけにいきませんから。プリントアウトをして植字台の前にさかさまにして、目の前に貼っておく！ぼくの考えはまずいでしょうか？ワインガルトの初期の作品で正方形が多いのは...ここからあとのことぼくにはよく理解できません。ていねいに教えてもらえませんか？<br />
<hr>377　2038　[2003.4.16_11:45]<br />
今手元に作品がないのですが初期のMの木版とかお気に入りのwas meine〜とか基本は平台においていろいろな角度から眺めてくるくる回して試行錯誤するのかなと思ったのです。版画も活版もなんか逆から作っていくというか・・・向きはもちろん発想から・・・だから何となくサカサと・・・根底にそういうのがあるのでは。<br />
<hr>378　koizumi　[2003.4.17_14:01]<br />
そういうことでしたか。原物を何も持っていませんし、ぼくは体験として、そのころのワインガルトのことは知りませんのでなんとも言えません。ごめんなさい。<br />
<hr><hr>452　koizumi　[2004.9.11_16:43]<br />
先週まで、バーゼルでした。とうとう、9月末でワインガルト先生が学校を終わりにされます。残念な事です。でも新たにバーゼル旧市街のとあるところに「WEINGART ARCHIV」ができます。小さい仕事場(タイポグラフィの宝庫)ですが、すごくすてきなスペースです。ぼくは感動して帰ってきました。SCHAULAGERではHerzog & de Meuronの大展覧会(昨年は同時期に柿脅しのDieter Rothだったけど)すごくよかった！<br />
<hr><hr>勝木まゆ　[99.6.5_7:26]<br />
小泉さんの経歴を見ましたところ、ワインガルト氏に師事をされたとのことですので、質問させていただきます。 ワインガルト氏に興味がありまして、以前氏の経歴を調べたことがあるのですが、かろうじてあった英語のWho's Whoにあった経歴を 訳してみたところ、国の要職か大臣の職を勤め上げられたという 訳になってしまい、戸惑っています。 ルーさんがcbsの副社長にまで勤め上げられたということを考えればなくはない話ではないとは思うのですが…、いくらなんでも 「大臣」は訳し違いじゃないんじゃないかと思ったのですが、 私のつたない英訳力ではそれが限界でした。 お手数ですが、ワインガルト氏の簡単な経歴を教えていただければ 幸いかと存じます。よろしくお願いします。<br />
<hr>koizumi　[99.6.5_20:24]<br />
チャットをやっているかいがありますねー。勝木さんありがとう！ ワインガルトのことですかー。経歴？何を読まれたのでしょうか？彼は活版印刷の植字工から始まったといってよいでしょう。そのころバーゼルの学校を知り、新しいタイポグラフィの世界が開かれていったのです。それはヘルムート・シュミットの『バーゼルへの道』に自ら書いています。 その後、ワインガルトは基本的にはバーゼルで自由にタイポグラフィの領域を深く、広く実験タイポグラフィを多く行って可能性を探ったのですが、忘れてはならないのは60+70年代の優秀な学生達です。それはアメリカをはじめ多くの国々に送りだしました。残念ながら日本からの学生はこの時期ひとりもいません。 おそらく「大臣」はしてないと思います。っが秋に逢うときに直接聞いてみることにしましょう。<br />
<hr>かつき　[99.12.7_23:17]<br />
最近部屋の大掃除をしたら、ワインガルト氏の略歴が 出てきました。だいたいはなんとか訳せたのですが、 一点解らない点がありまして、質問させていただきます。<br />
Ministry of the Interior<br />
というものが、「内務省の賞を（うける）」なのか 「内務省の入省を（うける）」なのか。 訳しかたで、そうとう意味が違ってくるのですが、 人に聞いたら「どちらの訳もあり得る」と言われ 困惑しています。 御教授していただければ幸いです。 <br />
<hr>koizumi　[99.12.10_13:32]<br />
WeingartのMinistry of the Interiorわかりません。どこに出てたんでしょうか？機会があったら聞いてみますが、タイポグラフィを勉強する上で、そんなに重要なことなのでしょうか？経歴や賞罰って？ぼくは彼と会ってもう10年以上やりとりしてますが、一回も彼が何の賞とったとか、そういう話ししたことない。ぼくはへんなのかなァー。<br />
<hr>[メモ]<br />
スイス連邦内務省の賞を受けるが正しい。<br />
<hr>T1　koizumi　[2000.1.3_9:41]<br />
ルダーの"Typography"を一生懸命訳されているみなさん、今年もこの今世紀最重要の書物をただ訳すだけでなく理解をして、掘り下げていきましょう。またワインガルトの"Typography"が出版された瞬間、こちらについてもこのサイトでぼくがわかる限りお話したいと思っています。今年もよろしく。<br />
<hr>T2　DaDa2038　[2000.1.16_8:43]<br />
Herr koizumi, Guten Abend. ワインガルト氏の"Typography"は日本でも入手可能ですか？期を逃すのが心配でメールしました。htypo完全版今日知りました。早速エントリーしました(Internal Server Errorと出ますがうちだけかな？)。よろしくお願いします。<br />
<hr>T3　koizumi　[2000.1.16_20:58]<br />
DaDa2038さん、こんにちは。ワインガルトの本は簡単に手に入ると思います。予定より遅れてますが、おととい14日のワインガルトからのファクスでは2月の終わりにはmarketにのると書いてありました。ぼくのとこには日本一はやく届くと思いますが、うわさでは日本のどこかの業者がフランクフルトのブックメッセで200とかすでにオーダーいれてるようですし、東京の老舗東光堂のカタログ225号(1999年7月13日号)にもすでに載っています。<br />
173.<br />
WOLFGANG WEINGART-TYPOGRAPHY.<br />
My Way to Typography.<br />
Lars Muller Pub.刊 22.5×27.5cm 528pp. Oct/1999<br />
￥20,420.-<br />
ヴォルフガング・ヴァインガルトのタイポグラフィーヴァインガルトは1941年生まれで、68年以来バーゼルでデザイン学校でタイポグラフィーを教えています。本書はタイポグラフィーの教科書としてまとまたもので、自らの実践の基礎と展開を解説しています。図版600点。(N1910)(以上、新刊洋書通信より)<br />
それから、版元のラルス・ミューラーの本は東京だったらあっちこっちで見ますから、どこでもいつでも買えると思います。直接スイスから買うのであれば、以下に問い合わせてください。クレジットカードで買えます。<br />
<a href="http://www.lars-muller.ch" onclick="window.open(this.href);return false;">http://www.lars-muller.ch</a><br />
books@lars-muller.ch<br />
おそらく<br />
Book: CHF 148.-<br />
Shipping Cost Overseas: CHF 35.-<br />
だと思います。ただ初版は少ないそうですから、早めにおさえた方がよいかなァー。htypo完璧版についてはメインのチャットの話題ですが、すみません。もう少し時間をください。ただいま23ほど学生が決定しています。いい感じですね。がんばります。<br />
<hr>T4　DaDa2038　[2000.1.27_2:16]<br />
いまやっとTypographieのVorwartを訳しました。Adrian Frutigerも指摘するようにDas Druckwerk, das nicht gelesen werden kann, wird zu einem sinnlosen ProduktというRuderの言葉が重かった。先日BaselでMichael Renner氏がAGSの授業の説明でワインガルト氏の受け持つ分野をsimple Typographieと言っていたがどういった意味で使ったのでしょうか。Typographieを継承する？本が出るのが楽しみです。これから本文突入です。いつになることやら。<br />
<hr>T6　koizumi　[2000.2.17_22:16]<br />
今世紀最後で重要な本＝ワインガルトのタイポグラフィがついに出ました。ご意見をお寄せください。また、東京や大阪の書店で見かけた方はこのチャットにデータを載せてください。お願いします。<br />
<hr>T7　kshr　[2000.2.28_18:50]<br />
人伝えなのですが，渋谷のLOGOSにワインガルト「TYPOGRAPHY」あったそうです．<br />
<hr>T8　2038　[2000.3.5_11:46]<br />
昨日、「TYPOGRAPHY」買いました。まず本の厚さにびびりました。ein dickes Buch!いつ読み終わることやら。見る方、読む方、つくった方も一生もんなのでしょうか。まだ表紙しか見てないです。そこでちょっと？に思ったところがあります。表1と背のWeingartのrとtがくっついてるように見えるのですが、x-heightの縦のラインで字間をみるのでしょうか。人称変化、格変化でrtで終わることの多いドイッチュでなくてもこのような組み方は基本なのでしょうか。早くも今月は財布の中身が・・・<br />
<hr>T9　koizumi　[2000.3.6_10:04]<br />
2038さん、見つけましたか。どの店で？そんなに高価でした？そう10年かかってますから、厚い(熱い)ですね。当初は2分冊の予定でした。rtのことはぼくにはよくわかりません。スペーシングに関してはある度を超すと、わざと均一を外すこともあるようです。「気持ちがいい」ってこと？<br />
<hr>T10　2038　[2000.4.15_0:14]<br />
久しぶりなのにまたわたしです　LOGOSには渋谷も吉祥寺にもTYPOGRAPHYがありました　所謂タイポグラフィが流行ってるなと思いました　Schrift und Typografieも買ってしまいました<br />
<hr>T11　koizumi　[2000.4.15_21:03]<br />
2038さま、そうですか。喜んでよいのでしょうか？2000年はタイポグラフィにとって良い年になっているのでしょうか？とにかく、がんばらなくては。ぼく自身にも大きな課題があるような感じがしています。<br />
<hr>T12　koizumi　[2000.5.20_20:37]<br />
数カ月ぶりに街に出て、本屋をのぞきました。WWの『タイポグラフィ』売ってますね。15100円でした。みなさんに読んでいただいてるのかな？<br />
<hr><hr>T29　2038　[2000.10.30_0:42]<br />
アイデアにワインガルト氏の特集がありました。インタヴューがあったのでよかったです。<br />
<hr>T30　0431　[2000.10.30_21:31]<br />
はじめまして、最近グラフィックデザインの仕事でフォントやロゴの製作をまかされるようになっていろいろ調べてるうちにここへたどりつきました。本屋さんで再発が売っていたので早速買って読みました。ちょうど、仕事でグリットシステムを使ったデザインのプロジェクトをしていたので、まさに僕には目からうろこの本に巡り合えた気がしました。毎日ヒマさえあればグリットシステムの本と一緒に見ています。ワインガルトの本は本屋でちょっと見たのですが、ルダーと同じようなことを言っているような気がしました。ワインガルトの方がもっと実験的ではあるようですが、ルダーの本のような感動が少ないのは好みのせいなのでしょうか？<br />
<hr>T31　koizumi　[2000.11.1_20:56]<br />
2038さん、そうでしたね。スイスに行く直前に書店で見ました。ワインガルトとこれについていろいろ話しました。<br />
0431さん、登場したのはルダーの本、ブロックマンのグリッドシステム、そしてワインガルトの本の順番でしょうか。そうですね、今すぐに役に立つのは前者2冊。ワインガルトのは時が2冊とは離れてとりまく状況は変わって、個性が強いせいもありますが難解です。(実は理解しやすいとこも多いのですが、きっとすこし経験が必要でしょう)。これはぼく個人的意見ですが、本を比べることはたいへん嫌いです。その本その本、ひとつひとつに良いところがあると思います。<br />
<hr>T32　0431　[2000.11.3_14:34]<br />
何十年も経つのにまったく同じ事をくりかえしてるだけでは能が無いので、ワインガルトがちゃんと過去のシステムを消化してできた本なのでしょう。ルダーの本にはバイリンガルとかデザイン的必然性がある所がよりワインガルトの本が個性的に感じるのだと思います。おっと、また本を比べてしまいました。ワインガルトの本はまだ買って読んだ訳では無いので、内容の事はまだ分からないのですが第一印象は「読みにくい」でした。デザイン的には面白いのですが、読み物としてはスタイルの慣れが必要のように感じました。<br />
<hr>T33　koizumi　[2000.11.3_21:19]<br />
0431さん、よほどルダーの本に感銘を受けられているのですね。ぼくも夢中で読んで、コツコツやっていた20代を思い出します。本を比べることは自由ですよ。そこから自分のタイポグラフィが生まれてくれば、なんてすばらしいことではないでしょうか。貴君はきっと良い目を持っていると思います。将来良いタイポグラフィの本を作られることを期待しております。<br />
<hr>T34　0431　[2000.11.8_17:02]<br />
結局ワインガルトの本を買いました。これからコツコツ読みます。そして、近くの本屋さんに「タイポグラフィの読み方」がなくて取り寄せてもらいました。ついでにmax billの本も買ってしまいました。タイポグラフィと聞くと、語や文章という印象があったのですが、最近、黒い線と白い面の組み合わせというイメージに変わってきました。他にももちろんいろいろな要素はあるのですけど。<br />
<hr>T35　koizumi　[2000.11.11_20:05]<br />
0431さん、ワインガルトの本を手に入れた！やった！！つぎのステップですね。そして、ぼくの本まで取り寄せていただいたなんて光栄です。max billの本はおもしろいね。そういえば出た当時ヘルムートも驚いたっていってたな。「タイポグラフィは語や文章という印象」というのは間違えではありません。ぼくは本にも書きましたが「活版少年」という屋号で雁皮紙という和紙に墨で刷ったレターヘッドを愛用してました。当時からスイス・タイポグラフィの影響が強かったのですが、それがペイニョさんというパリの活字屋の大御所の目に留まって、始まりました。あなた言うように「黒い線と白い面の組み合わせ」がタイポグラフィだ。といったのは彼でした。つまり究極のタイポグラフィとは白い紙に黒の文字なのです。<br />
<hr>T36　0431　[2000.11.15_13:59]<br />
ワインガルトさんのレクチャーに行ってきました。ちなみにニューヨークです。本の解説をしてくれたのですが、なかなか面白い話を聞けました。なんがか胸につっかえてた物が取れた気分です。僕の胸のつっかえは、スイスのルダーにしてもワインガルトにしてもタイポグラフィと言っても書体の制作の事について触れて無いことだと気が付きました。レクチャーの前にスイス・タイポグラフィを勉強しておいてよかったです。これが２、３ヶ月前だったらレクチャーの存在すら知らないですごしていたと思うとほんとにタイミングがよかったです。ルダーのタイポグラフィも自分のタイポグラフィも同じだと言い切る所が彼のすごさだと思いました。<br />
<hr>T37　koizumi　[2000.11.15_20:22]<br />
ワァー。NY/CooperUnionいったの！よかったね。このレクチャー・ツアーはぼくもこないだZurichで聞いてます。皮切りは9月のロンドン。来年春はアメリカ西海岸の予定。ワインガルトのレクチャー、ちょっとはく力は弱くなっちゃたけど、たくさん仕掛けがあっておもしろいよね。今回は本を中心ですのでね。。。まあ、アメリカ人相手だからわかりやすくアレンジしていると思いますし、サービスもたくさんしていると思うよ。。ルダーのタイポグラフィとワインガルトのとはなかなか難解です。一言では言えません。ぼくなりにクリヤーにしていくのはライフワークだと思っています。それにしてもよかったね。うらやましい。<br />
<hr>T38　0431　[2000.11.16_13:43]<br />
ワインガルトさんはなまりが強くて英語が分かりにくかったです。でも楽しかったので、きっと一緒にお茶でもしながらゆっくり話しとかしたら面白いおじさんだろうと思います。意外だったのは、僕が読みにくいと言った本はできるだけわかりやすく作ったと言ってたことでした。言われてみれば確かに骨組みはしっかりしてると思いました。ワインガルトの頭のやわらかさには驚かされました。来年にはlars mullerもレクチャーするらしいのでそれも楽しみにしてます。偶然、学校の先生に会って話を聞いてみたらワインガルトに教わってたらしくて、これは意外な発見でした。<br />
<hr>T39　0431　[2000.11.16_17:16]<br />
ワインガルトの本の中で小泉先生の作品がでてますよね。それとかp139のレイアウトされた文字を線でむすんだりする練習や文章を線で囲んだりすることで、具体的にどういうことがねらいの練習なのか教えて下さい。僕の中で利にかなうものと、そうでないものがあって、得に不規則に結ばれた線や塗りつぶされた所がどういうことかわかりません。自分でもやってみたいのでよろしくおねがいします。<br />
<hr>T40　koizumi　[2000.11.18_21:38]<br />
ワインガルトの英語はネイティヴに慣れた人にはちょっと。。でもぼくが今まであった先生の中では最高ですね。それとあの本は仕掛けがいっぱい。わかりにくい、白黒、取っ付きにくい、っと思って手から放してしまう人はそれまでですね。(ぼくとは無縁の人)そういう人がいても良いとは思いますが。。。0431さんはクーパーユニオンで学んだの？先生って、だれとあったの？アメリカにはワインガルトの教え子はたくさんいますよ。それとぼくのプロジェクトと139ページの先輩の作品、共に視線の動きをあらわしたもの。杉浦さん流にいうと「眼球運動」ってやつかな？ぼくは当時ラギッドすることによって、文章中の言葉がどのようにひっかかってくるのか知りたかった。日本語でやってみるとおもしろいかもね。くわしくはTMに書きます。<br />
<hr>T41　0431　[2000.11.19_2:18]<br />
なるほど、眼球運動ですね。よくわかりました。詳しく説明してくれる『TM』っていうのは何ですか？僕はクーパーユニオンの学生ではないんですけど、その近くの大学のパーソンズってところの学生をやりながら働いています。『TM』と言えば学校の図書館で『TM』マガジンのバックナンバーがおいてあるのを発見しました。ワインガルトのレクチャーや、いろんな人の記事が載ってて、これからしばらく楽しめそうです。でも、英語で書かれたところが少ないのであまり読めるところがないのが残念です。先日の講演でもワインガルト本人が「好きなことが出来た」と言ってただけにすごくそれが伝わってきました。82年から94年までに5回掲載されてる"NR"というワインガルトのレクチャーのページは卒業までに全部コピーしようと計画しているところです。<br />
<hr>[メモ]<br />
続きはBaselの項に。<br />
<hr>163　n　[2001.9.27_19:20]<br />
はじめまして。竹尾「見本帖本店」より、今FAXが入りました。10月4日の Mr.ワインガルトのレクチャーの抽選に入れたようです。整理番号が付いています。万一、東京でチャンスがなければ長岡かな、と思っていましたが、良かったです。どんなお話が聞けるのか楽しみにしています。<br />
<hr>164　koizumi　[2001.10.6_20:05]<br />
竹尾「見本帖本店」レクチャーでは通訳としておはづかしい次第でした。ワインガルト先生は今日のお昼に帰国のとにつきました。(swissairの状態が不明確でたいへんでした)レクチャーの内容はインターネット上でできるようにすこしづつ考え出してます。<br />
<hr>[メモ]<br />
講演VideoClipは全て残っているので<br />
いつかEditしてHPに載せます。<br />
<hr>165　n　[2001.10.8_2:24]<br />
こんにちは。小泉先生、おつかれさまでした。ワインガルト先生はお帰りになられたのですね。レクチャーの内容はもちろんですが、スクリーンに大きく映し出されたワインガルト先生の「手」というのも感動的でした。おそらく幼少時代から一貫した「創造への想い」や「作り続けてきた証明」を感じさせられたのだと思います。そして自分の記憶にある「デザイナーの手」とは違う、もっと「現場」や「職人」を感じさせるものであったことも印象的でした。活字を持たれたその手は、とてもドラマティックでした。（ちょっと変な感想でしょうか？直感を言葉にすると、何だか、くさい表現になってしまいます）本のタイトルが多国語性をもたせたデザインになっているというお話は、良い意味でショックでした。スイス・タイポグラフィにおける重要な要素が、それひとつに内在されているのですね。アンケートには質問をいくつか書かせて頂きました。たしか会場における説明では、ご返答を頂けるとか。楽しみにしています。<br />
<hr>166　koizumi　[2001.10.8_21:36]<br />
そうです。その通り！手です。nさんのおっしゃる通り。だから今回はライブなのです。またまたその通り。あのロゴ(本人はそう言ってますが)はスイス・タイポグラフィの象徴なのです。はい、竹尾でアンケート用紙に書いてくださったのですね。時間がかかるかもしれませんが直接本人にうかがい、返答いたします。<br />
<hr>koizumi<br />
ごめんなさい。Q&Aはその場、つまり<br />
講演のライブに限るということでに取り合ってもらえませんでした。<br />
<hr>167　Aoki Hiroshi　[2001.10.9_0:07]<br />
こんにちは。長岡造形大学でレクチャー受けた者です。今回、学生以外の参加も認めてくださって感謝です。会社を休んで行ったかいがありました。ｎさんが言われた「手」に同感です。実は、講義前のプロジェクター写りのセッティングの作業が、見ていて楽しかった。書籍全体を投影する事ができず、斜めに置いたバランスがまた絶妙。（ですよね…）これから、『Typography』読み進めていきます。ゆっくりですが。ありがとうございました。<br />
<hr>168　koizumi　[2001.10.9_11:31]<br />
そうでしたか、わざわざ遠いところありがとうございました。そして、そのように言っていただいて、この授業を一般の人に開放した苦労が報われます。本人は斜めは不満のようでしたが。そうでしたね NIDではセッティングから見られたのでした。やはり、あのプレゼン用に事前にその会場にあわせて完璧に準備をすること。あれこそワインガルトです。ぼくはテンテコまいで客観的に見ていられませんでしたが。。。そうですね、あのレクチャーを受けてからだと本書は読みやすいかもしれません。<br />
<hr><hr>173　k000301　[2001.10.20_19:29]<br />
こんにちは。展覧会みてきました。DDDでの展覧会は、Typographyに収録されている作品のオリジナルがたくさん見られて素晴らしいです。活版による作品の質感や、スイスサイズのポスターのかっこよさは格別で、本物は図版の何倍も迫力がありました。(銀を二度+黒と金を一度づつで活版で刷った本のうつくしさや、UCLAのパンフが意外な作り方だったことにもビックリしました。)少しづつTypographyを読むなかで、単純ではない本の構造や、ワインガルト氏がやってきたことの偉大さ・奥行きみたいなものがわかってきて相当興奮したのですが、オリジナルの作品を合わせて見るとなんというか、えー、写真でみかけたことのある金属活字に初めて実際に触れてみて、そのズッシリくる重さ、存在感、仕組みに驚いたときみたいなそういう想像以上のインパクトがありました。見ごたえあります。言葉にするのが困難で時間かかってしまいました。あと3日間見られますね。(22・23・24)まだの方は是非。<br />
<hr>174　k000301　[2001.10.20_19:47]<br />
余談ですが、オープン当日ギャラリートーク目当てで早めに出向いたところ、展覧会会場でワインガルト氏を見かけました。レターヘッドやスケッチやコラージュのための素材など、紙いちまいのものは腰の高さの台に並べて直接ガラス板を敷いてあったのですが、粘着テープを使ってないようで一部キャプションがゆがんでるものがあるな…とおもって見ていたら、ご本人が出てきて慎重に手直しされていました。トーク1時間前のことです。スキを狙って声をおかけしてご本とボールペン持ってってサインをおねがいしたのですが、「not ink pen」つまり鉛筆がよいということで、上記のことも含めて、こだわりというかスタイル？を感じてうれしくなりました。<br />
<hr>175　koizumi　[2001.10.20_22:37]<br />
展覧会のこと、ワインガルトのこと、解説をありがとう。まだ見ていないみなさんのためになるでしょう。あと残り月火水の3日間ですが、よろしかったらみなさんぜひ見てください。24日水曜閉展まぎわにはぼく(小泉)がおりますので、ご希望の方いらしたら僭越ですが解説をいたします。お知らせでした。<br />
<hr><hr>240　n　[2002.2.20_3:03]<br />
「あるときは大胆」。。ワインガルト氏、ご自身が制作された仕事の製版フィルムを小包のようにたたんで縛ってましたが、その保管方法はびっくりでした。小泉先生がバーゼル時代の作品をA4の「黄色ファイル」に切って入れ込んじゃっているもの驚きましたが。。。お二人は似てる？？それとも師匠からの伝授？？<br />
<hr>241　koizumi　[2002.2.20　23:47]<br />
ぼくもあのフィルムのスタックには驚いた。ちょうど2年前にバーゼルに行ったとき、彼はセッセと作っていた。そうか、当時自然とやっていました。たぶんワインガルトの強い影響でしょう。<br />
<hr><hr>264　koizumi　[2002.3.31_20:22]<br />
今バーゼルでがんばっている阿部さんからのメールで落ち込んでいるぼくを元気付けてくれました。ワインガルトの本のなかの、小泉先生の作品で、一番シンプルなななめの線をひいただけのものは当時、本当に新鮮なアイデアだった、とワインガルトがRISDの生徒のレクチャーで言っていました。正確には、あれを引いた時にはSomething Newと言っていました。その時のレクチャーはすごく乗っていて面白いレクチャーで、日本ではやはり少し疲れていたのではないでしょうか。ちょっと変なことをやると最近は、日本みたいにカオスだと言いますが。新幹線は良いみたいですね。<br />
RISDはアメリカのロードアイランド・スクール・オブ・デザイン。折指の優秀なデザイン学校です。阿部さんありがとう！あしたはエイプリル・フール、でも長岡も始まります。新学期がんばります！春の雷とは、なかなか風流。<br />
<hr><hr>A75　n　[2001.10.11_22:33]<br />
私にはバーゼルとチューリッヒでは「厳密には違う」というよりも「明確に違う」ように思えてしまいます。ワインガルト先生はレクチャーで、楽譜を例示されて音楽にたとえられ、またneue grafikとご自身の作品を並べられて「空間の美しさという共通点」で、同じフィールドの中に存在することを説明して頂きました。「カウンター・スペース」の意識というものが、その領域を示す重要な要素であることは個人的に大収穫でしが、一方でやはり、対立もしくは矛盾のようなものを感じてしまいます。（伝統との対立はなかったのか、という質問も出ていましたが）Grid systemsの影響かもしれませんが、スイス・タイポグラフィには「具体的なルール」が存在するという印象がありました。しかし、バーゼルとチューリッヒの共通点からその領域を考えようとすると、何か造形秩序の哲学のような、カタチではないところにたどり着いてしまう気がします（それも好きですが）。決してその領域を出なかったとされるルダーとワインガルト先生の二人の本を読むことで、私なりの認識が出てくるとは思うのですが、「スイス・タイポグラフィ」とは、スタイルというよりも、運動理念みたいなものを示しているのでしょうか。どうぞ、宜しくお願い致します。<br />
<hr>A76　k000301　[2001.10.11_23:53]<br />
横レスですが、ワインガルト氏のTypographyのp.92-93にバーゼルとウルム、両校についての記述があります。(まだ全体を通しては読んでいないので断言はできないのですが)かなりnさんが興味深くお感じになる記述なのではないかと思うのですが…。<br />
<hr>A78　n　[2001.10.12_0:57]<br />
え"っ！速い反応でビックリです。こちらも興奮しております。情報提供ありがとうございます。そうですか。まずルダーから進めよう思っていたのですが、このような反応を頂けると書店に走りたくなってしまいます。なぜ、チューリッヒになるとGrid systemsの具体的な法則が書かれるのに「スイス・タイポグラフィ」になると理念的なコトバになってしまうのか、ちょっとナゾだったのです。それがバーゼルとの違いから起こることなのか、もともと思想的なものから始まっているのか（近代デザイン運動？）・・・ますます気になってきました。<br />
<hr>A79　koizumi　[2001.10.13_21:06]<br />
ぼくもビックリです(ここのところココを見ていませんでしたので、ほんとビックリ)。これが永年来の理想です。ここでの議論どしどしやってください。そこでぼくからちょっと言えること。スイス・タイポグラフィの解釈はひとつではありません。すなわちnさんの理解されていることも正しいと思います。k000301さんのいっていることも事実で正しいです。ただしワインガルトのレクチャーを思い出してください。彼は決して理屈ではないといっていたこと。つまり実践なのです。自然だったのです。<br />
<hr>A80　n　[2001.10.14_1:43]<br />
こんにちは。「タイポグラフィ」のみならず「スイス・タイポグラフィ」の解釈も多岐にわたるということですね。大きな課題ができて楽しくなりそうです（頭の中がぐるぐるしてきました）。おもしろいですね、確かに存在するのに、掴もうとすると指の隙間から逃げていく感じです。「自然だった」というのは安心させられます。大きなヒントになりそうです。実践、法則、理論、全てありのニュートラルな気持ちになれました。しかしワインガルト先生、いったい何を書かれているのか気がかりです。「本を買いなさい」と言われてしまうかも知れませんが、どなたかそれについてレスを頂けたら大変嬉しいです。<br />
<hr>A81　k000301　[2001.10.15_12:32]<br />
＞ しかしW.W.先生、いったい何を書かれているのか気がかりです。<br />
p.92-93のことでしたら……ワインガルト氏がバーゼルとウルムの２校についてどうとらえているかということ。両校におけるタイポグラフィについてのスタンス、ウルムの背景などなど、でした。(ただし私は前後の文章はまだちゃんと読んでいません。拾い読みでした)同じページ内にドイツ語と並記されていて、大きい図版もあるので文章量としてはそんなに多くないです。nさんの書き込みを拝見して、個人的に、買う買わないという話ではなくてまた聞きではぜったいもったいない！とおもったので、ボンヤリまとめたのですが。<br />
<hr>A82　n　[2001.10.15_20:53]<br />
ありがとうございます。本当に感謝です。確かに興味深いことが書いてありそうです。「ウルムの背景」とは、またミステリアスな一文でした。もしもですよ、もしもーそれがシュタイナーの精神運動みたいなことに関わることだとしたら、当時のバーゼルのタイポグラファ達がそれをどう感じていたのか、個人的には大きなナゾでした。近日中に読んでみます。本の件、ごもっともです。それから、せっかくページ数まで教えてくださったk000301さんに対しては、私は前回の書き込みで、一部、失礼な言い回しを使ってしまった気がします。ごめんなさい。しかし、本当にビックリでした。先日のk000301さんの書き込み、実はリアルタイムで見てました。このサイトを見て以来、初めてのチャットらしい現象だったので、急いで書き込みをしようとしたら、Macが落ちてしまい、またビックリでした。<br />
<hr>A83　2038　[2001.10.20_3:49]<br />
こんばんはお久しぶりです。私はまた学生になるので　いきなり内容に入らせていただきます。この本を読んで一番最初に気になったこと言います。Typograph | typographer | typographie　っていうのは植字工のことを意味するんですよね？確かに先生のおっしゃるように私も永遠だと思いますが　やっぱり今と道具も違うし　その時代性を考えてしまいました。それを考えるのは　やっぱり永遠と思っていないのでしょうか。<br />
<hr>A86　K000301　[2001.11.6_2:51]<br />
ワインガルトのTypographyのp.92-93では、“バーゼルとウルム両校はカリキュラムのうえでともにタイポグラフィを強調しているが、しかしそのスタンスは(彼の意見では)イデオロギー的には反対である”というように書かれてあります。(くどいですが私の読みが間違ってなければ)<br />
それでnさんの書き込み＞明確に違う には凄い興奮してしまったのでした。黙ってないと口から出そうでうずうずでした。(結局書いちゃいましたが)ウルムのスタンスについては具体例があがっているいっぽうで、バーゼルのスタンスについての記述は私にはよくわからなかったのですが、<br />
小泉先生の書き込み＞実践であり自然で少し理解しやすくなりました。(これも全編読んだらもっとわかってくるのかも？？？これからです。)話はとびますが建築家がデザインした書籍や、建築関係の人が自作した名刺なんかを見るとたまに、(バーゼルに影響を受けている)自分の考え方とは違いを感じるものがあって面白いです。もちろん皆同じタイプというわけではないですがモノによっては、文字が、主体ではなくパーツの一部(例えば空間に均等割りして置かれている柱のよう)に見えることもあります。最近ようやくそういう、グラフィックの背景にみられる考え方の違いに敏感になってきました。チューリヒスタイルと建築との結びつきは『タ読方』でもハッキリと書かれていますが、図版を見て、そうなんだフーンでおわっていたものが、なるほどなるほど、にようやく変化してきました。バーゼルとチューリヒのちがいについての私のおべんきょうは、歴史、とくに建築との関わりから攻めていこうかなっと思っています。バーゼルは…取り敢えずワインガルトと、手持ちのホフマンの教科書よむことから。チューリヒは…まずウルムについて。そしてp.92-93でもふれられていたように、マックス・ビルと、彼が傾倒していたアーレ・コンクリ？純粋主義？あたりをとっかかりにしようとおもってます。]]></description>
 <category>Weingart</category>
<comments>http://htypo.net/archive/index.php?itemid=40</comments>
 <pubDate>Wed, 20 Sep 2006 04:47:41 +0900</pubDate>
</item><item>
 <title><![CDATA[間]]></title>
 <link>http://htypo.net/archive/index.php?itemid=39</link>
<description><![CDATA[290　koizumi　[2002.5.1_21:38]<br />
建築とタイポグラフィ、科学とタイポグラフィ、写真とタイポグラフィはぼくの人生です。スイスから帰ってきてから『SD』にすこしでも仕事を残せたことは幸せなことでした。杉浦さんが『SD』にどう関わられたかは山口信博さんのインタビューがご参考になると思います。そして東京芸大での展覧会。杉浦さんの実験的な仕事は同じ鹿島出版会の雑誌『都市住宅』をご覧になるとよいと思います。そうですね、ぼくもワインガルト(W)の実験タイポグラフィは杉浦さん(S)のとはプロセスがすこし違うように思います。ただ、使用している言語は違っても結果的には似たようなものが出てきています。特にノイズ・タイポグラフィは一般的に何か最近はコンピュータ上のように思われがちですがWもSも独自の方法で発見し、実際の仕事に活用していると思います。つまり自分の道具からシグナルとノイズがおのずと出現するのだと思います。つまり両者とも素直なんですね。(両先生つかまえて失礼お許しください)この周辺はきちんとまた何かの機会に例を挙げながら勉強会やりたいですね。BBSではちょっと無理かな？(桑沢でやろうか？smtでやろうか？)活字と建築の関わりは古く、バウハウスの教育でも、ウルムの基礎過程でも活字の組版は欠かせなかったもののようです。逆に言えば建築家は活字のシステムを知っていることになるわけですよね。今回始まったばかりの「せんだいメディアテーク」のプロジェクトは直接そこまではいきませんが、地下室にある「ハイデルベルク」プラテンの電動機と「手金」2台をフルに使って、そういう手のわざについて、体験でわかるシステムについて活き活きやりたい！です。<br />
<hr>[メモ]<br />
・SD200/08号　034-041ページ<br />
・間-20年後の帰還展<br />
<hr>292　koizumi　[2002.5.1_22:41<br />
あれは写真の絵本です。それも目が超越した人のための、大人のための、タイポグラファーのための。ただ、建築はやっぱりむずかしい仕事ですよね。メディアテークは伊東豊雄さんの作品です、今日は気持ちよかった。とくに一階のオープンスペースは外の気持ちのよさが入り込んできて、ここで本当にバーゼルでやってるオンライン・ワークショップと同じものをしたくなりました。空間って大切です。とくに想像させる。。。このような気持ちになれる空間はそうはない。<br />
<hr><hr>サトル　[99.8.29_22:24]<br />
「時間」に関する本を造るというプロジェクトを進行中です。時間と言えば「空間」、ということで強引ではありますが、タイポグラフィと「時間」の関連性に何かお考えをお持ちなら是非お聞かせ願いたいのですが。<br />
<hr>koizumi　[99.8.30_9:24]<br />
そうですねー。大学院の教科書にも使ってますが、中井正一が「間」について書いてます。杉浦さんがブックデザインされている全集の第2巻だったと思う。これはすばらしいですよ。タイポグラフィとは直接関係ありませんが、美学は絶対知っていた方がよいですね。。。<br />
<hr><hr>98　koizumi　[2001.1.4_20:27]<br />
デザインとかタイポグラフィは最終的には人間の総合力でしょう。日本画、日本建築の良いものすべてに、もっともっと空間意識として深いものがあります。そういえば、この前芸大でやってた「間」の展覧会行きましたか？30年前のは衝撃的な展覧会(聞き伝え)だったそうですが、今回のはぼくにとっては、ちょっと新鮮さがなかったのでがっかりしました。(驚きがなかった)グローバル化の過程である以上、今の日本人にちょっと何か感じるものがなくてはね。みなさんはどう感じたのかな？<br />
<hr>99　渡辺聡哉　[2001.1.5_12:47]<br />
「間」の展覧会は行ってません。随分以前に、「間」の展覧会のポスターとカタログを見てカッコイイと思い、アパートにポスターを張っていました。最近思ったのですが、セザンヌの絵画空間にヨーロッパの伝統と前衛を見たような気がします。彼は、その晩年、映像的空間の構築を目指していたのではないか…。いずれにしても、遠近法から現在に至るまでヨーロッパ文化というのは理論的に体系化された世界ではないのか…。<br />
<hr>100　koizumi　[2001.1.6_20:17]<br />
そうですか。まあ、「間」は展覧会より自分の頭の中の宇宙で広げた方がよいです。それにしても、とうとうセザンヌ登場ですか。。。すばらしい！21世紀、良いスタートです。ぼくもおっしゃる通りと思います。ヨーロッパでは理論と実践、行ったり戻ったり。。。おもしろいですね。本来、東洋もそのようなはずなのですが？ごめんなさい。「途切れ」については全くその通りだと思います。よかったら、ぼくの研究室で研究してもらえませんか？すばらしいテーマです。<br />
<hr>101　チキン　[2001.1.8_17:08]<br />
皆さんはじめまして。お邪魔します。写真と映像を作っている大学院生です。日本人の空間感覚の時代的な途切れ、というのは、日本の建築物の性質や、建築史の特性とも関連しているのではないでしょうか。ヨーロッパでは、築100年、200年前の家屋に今も人が住むということが珍しくないですよね。したがって、世代を超えて、おなじ空間感覚を体得かつ共有できるのではないでしょうか。教会や城といった美術のパトロンのすみかも、日本のように政権交代ごとに変るわけではありませんし。それと、気候の違いと色彩感覚、風景の遠近感覚はとても関連しているように思えます。湿気が多く、曇りがちな日の多い日本で見る光や色と、他の気候の地区（とくに乾燥したフランスなど）の光や色は、パレットが全く違います。遠近感覚も、湿気が多いと空気中の水蒸気の粒のズームレンズ効果で遠景が手前にひきよせられて、景色が平面的になりますよね。私の学校には色々な国籍の人がいるのですが、カラープリントの色のだし方で出身地がわかるほど「地域別傾向」があります。同じ街に住んで、同じ街の風景をとっていても、地域色が出るのは不思議です。<br />
<hr>102　koizumi　[2001.1.8_20:59]<br />
はじめまして。そうですね。具体的にそのような現実的な空間では、そういえると思います。しかし、その前の「途切れ」と言うのはそういう意味ではないとぼくは認識しています。お話の前半と後半でちょっとズレがあるように思えますが、色の件はまったく同意見です。極端に出身が違う人たちとシンプルで同じことをすると自分が見えてくるよね。そして、やっぱ、光なんでしょうね。<br />
<hr>103　チキン　[2001.1.9_1:47]<br />
お返事ありがとうございます。夜中に急いで書いていたので、話が雑で申し訳ありません。前半は、渡辺さんのコメントから考えたことで、後半は、三次元→二次元の変換作業を日々していて個人的に感じたことにですので話が飛んでしまいました。言いたかったのは、やはり、光の質の違いなんだろうなあということなのです。二次元上で三次元をあらわそうとする時、とくにシャドー部分のカラー／カラーグラデーション／カラーコントラストの具合で随分空間感覚が変化しますよね。同じNYの街を撮るときでも、日本人はオーバーキャストを好み、日本の町や日本画のようにフラットな絵画空間をつくりがちですし、ラテンアメリカ人は快晴を選んで強烈な色彩とコントラストによって躍動的な立体感を出そうとします。とても大雑把な例ですけれども、そういう違いを目の当たりにしていると、光の質と色彩感覚、立体感覚、空間認識の関連性をつくづく感じるのです。当たり前すぎる話ですが。ところで、先生と渡辺さんのおっしゃっている「途切れ」というのはどういう意味なのでしょうか？<br />
<hr>104　渡辺聡哉　[2001.1.9_12:44]<br />
こんにちは。空間に対する意識の問題はhtypoの空間のセンスを始めるようになってから自分の中で芽生えたものです。かなり勉強になりますので、スペース、組版、表組のセンスの開講を忘れないでください。よろしくお願いします。若沖のモザイク画には本当にビックリしました。アメリカの収集家・研究家の中にはこのモザイク一枚一枚をすべて複写してパソコンの中にデータとして保存、研究している人がいるそうですが、実に分析的な研究です。日本の研究はわりと感情論的になるので、これは見習うべきだと思いました。チキンさんのいうように、空間に対する光の問題は無視できない非常に重要な事だと思います。私は海外へ行った事がないので、その光の度合いがヨーロッパと日本でどう違うのかよくわからないのが残念です。ここまで来ると、平面上の一つの空間を理解するのに、様々な学問をクロスオーバーさせながら研究していかないとダメだと痛感しました。この問題は奥が深いようです。途切れということですが、ヨーロッパの空間事物に関する考え方の基準はルネッサンス期の遠近方にあるように思われてしょうがありません。遠近法という点が線となってヨーロッパの人達の中に息づいているような…。ですから、欧米におけるアバンギャルドも理詰めで説明できるのかもしれません。根拠があるという事でしょうか。日本において、その根拠になるものは確かに存在するはずなのですが、なにか歴史的に曖昧なような気がします…。最近出版されたユリイカという雑誌の江戸特集で、戸田ツトムが琳派におけるグラフィズムの論考を発表しているので、興味のある方は是非読んでください。非常におもしろいです。<br />
<hr>105　BIRD　[2001.1.10_2:58]<br />
渡辺さん、チキンさんのお話をとても興味深く拝見しました。こういったことは、みなさんどのように学ばれているのでしょうか？私は独学なので、学べる場や人を知らず、手探り状態で今いきづまっています。もっと勉強が出来る環境がほしいのですが。。。<br />
<hr>106　koizumi　[2001.1.10_11:43]<br />
ごめんなさい。きのうから大学がはじまり、書き込めませんでした。チキンさんと渡辺さんのやりとりいいですね。だんだんタイポグラフィそのものからは離れてきているものの、モノの真髄を追求することは何か次を生む活力になります。つまり、全くクロスオーバーです。総合力です。「途切れ」に関しては実はぼくも勉強不足で、そのすじの方からおしかりを受けるかもしれませんが、日本ではそういった大切なことを曖昧にしてしまう悪いクセがあると思います。どの分野でも流行りにしたり、有名な方が語ればそれで終わり。そういうことでなく地道に違った分野の人も継承してやることが重要と思います。デザインやタイポグラフィも同じ。一時のカッコウで流されたくないですね。　BIRDさんもがんばってください。行き詰まっても貪欲に探りまくる姿勢が独学には必要です。学校で学ぶより、それ以上の結果が出ることもあります。琳派。。。いいね。ぼくの机の前にいつもポストカード貼ってあります。<br />
<hr>＞当時は感じてなかったのですけど、論点が「間」から「途切れ」に変わっちゃっていたんですね。<br />
<hr>Aoki Hiroshi　[99.8.6_22:57]<br />
はじめまして。 岡倉覚三著『茶の本』を読みました。共感する部分が多く、面白かったです。私は年に何度か京都に行くのですが、 枯山水の庭と、こちらのめざすタイポグラフィと、かなり似ている部分が多いと思うのですが、如何でしょうか？私のお気に入りの庭は龍安寺と、東福寺の方丈庭園です。<br />
<hr>koizumi　[99.8.11_9:14]<br />
京都。いいですね。大好きです。ぼくも必ず大徳寺大仙院と龍安寺にはうかがいます。あと、やっぱり湯どうふですね。おきまりコース。 でも最近行けなくて困ってます。枯山水はタイポグラファーにとって重要な場所、尊敬するヘルムート・シュミットさんともすばらしい思い出があります。<br />
<hr><hr>u_top　[2000.2.22_3:14]<br />
大学で建築構造を学ぶ者です。 建築におけるデザインには構造によって決定される、つまり （数学的な）根拠による美が存在しますが 他のデザイン（グラフィックス、等々）にも同じような物があるのではないかと、常々考えています。しかしなかなか発見できないこともあるんですね。実際存在しないのかもしれないと思ってしまうのですが、 どうでしょう？<br />
<hr>koizumi　[2000.2.22_20:06]<br />
これがまさしく 俗にいう スイス・タイポグラフィです。 『本づくり大全』見てください。 しかし、存在しないのでなく、建築のみならず無限の可能性がある。(8の横マーク) どうでしょう？ <br />
<hr><hr>513　T.W.　[2005.6.16_20:25]<br />
こんにちは。基準を設けるということですが、ヨーロッパでは、遠近法を活用していますが、日本では、古来より幽玄的な時間と平面性を融合させた独自の物の見方をしているため、文化が違う。要するに、ヨーロッパとアジアでは、元々基準軸が異なるのではないでしょうか…。ダンスやバレーと舞いや舞踏の違い、一神教と八百万の神の違い…。今回のアイデア誌の後半は杉浦康平の特集ですが、前半のヨーロッパ的発想との違いを考察する事が必要なのでは…。やはり、スイス派を知る為にはスイスに行く必要があるのではないでしょうか。そこで、アジア人たる我々はどういう立ち振る舞いをするべきなのか…。しかし、なぜスイス派に対する我々の憧れはあまりにも強いのだろうか…日本人が日本人を忘れてしまおうとでもしているのでしょうか。しかし若い人を見ているとなんとなく頷ける昨今です。アメリカンやヨーロピアンがたくさんいます。でも本当は、日本はもっとカッコイイんじゃないのかなぁ…。<br />
<hr>514　koizumi　[2005.6.17_16:17]<br />
さて、基準。それもむずかしいんですよね。ご指摘通りですが、日本の文化は非常に柔軟と思います。また、杉浦さん研究(論でなく実践)は多角的に絶対にやるべきです。ぼくも実は杉浦さんの若い頃からの発言はできるだけファイルしているのですが、今回の論点に重なると思います。しかし深すぎて、ぼくはギブアップです。ぜひ、T.W.さんどっかでこの周辺のこと発表してください。ぼくは、20代バーゼル前に茶道。そしてこの春復活。日本の文化は完璧に近い。そして美しい。とにかく、ぼくは日本人ですよ(^^)　スイスにはいましたけどネ。。。山脇夫妻のバウハウス留学にも茶道が関係しています。新潮社刊『バウハウスと茶の湯』は良い本です。]]></description>
 <category>Ma</category>
<comments>http://htypo.net/archive/index.php?itemid=39</comments>
 <pubDate>Wed, 20 Sep 2006 04:46:46 +0900</pubDate>
</item><item>
 <title><![CDATA[時代]]></title>
 <link>http://htypo.net/archive/index.php?itemid=38</link>
<description><![CDATA[サトル　[99.11.1_4:45]<br />
先日、都立大で開催された講演会に行ってきました。 講演者は、山口昌男、松岡正剛、中沢新一（敬称略）の3人で、 20世紀を締めくくるにふさわしい顔触れでした。 テーマ自体も21世紀に向けて、ということでしたし。 と、書きつつ、素晴らしい講演に感激しつつも、3人の方については、 著書を数冊読んだだけで、実はあまり知らないのです。 以前から関心は寄せているものの。 現在は、組織に入ってデザインの仕事をしていないのですが、 私はデザインの仕事をしていきたいと考えていて、 講演はデザインを志す私にとっても、とても有意義なものでした。 印象に残った講演の内容は、中沢氏が、 「日本の低迷状態は後、この先10年は続く。」 と、いうようなことを言われていたことです。 私の個人的な感じ方かとも思いますが、デザインに関しても低迷状態であると感じています。 単純に不況のせいだけだとは思っていません。 ある種の飽和状態になっていると感じているのですが、これはやはり自分自身の問題なのでしょうか。（信じていいのか疑問ですが。）一応、ご報告まで。次の本造りの予定は、詩人である友人（プロではありません。）の詩の本を作ることです。この本にとりかかる前に、今からタイポグラフィの勉強をして、友人に満足してもらえる本を作りたいと思っています。 （このチャットを覗いてはいるのですが、現状はついていけていないので、これから頑張って追いつきたいと思います。） 最後に質問ですが、デザインの仕事を希望するなら、 やはり東京に在住するというのが一番なのでしょうか？ <br />
<hr>koizumi　[99.11.1_11:08]<br />
サトルさん、一般的な御意見ありがとう。 ぼくは小さな人間ですから、大先生方の御意見に対しては何もコメントすることはありませんが、中沢氏のこのことばの意味は正しいと感じます。 それはボタン世代到来にも関係があると思います。便利すぎること、都合のよい合理的な処理が重要なプロセスを怠ってしまうこと(『デザ現1999/4のワインガルトの覚書き』にもある)。これに気付いたとき低迷から脱せるのでは？ ちょうどお名前が出てタイミングがいいので→松岡氏が定義された「ハイパー・タイポグラフィ」とぼくのとは違うものです。ぼくにとって、単にコンピュータでいじったタイポグラフィはデジタル・タイポグラフィ(コンピュータ・タイポグラフィ)であって、ぼくにとっての「ハイパー・タイポグラフィ」は相互的なものです。つまりインターネット上であらゆる変貌を可能にする参加型タイポグラフィなのです。そう、1997年からみなさんがやっているものです。中でもぼくのは教育プログラムなのです。とうとうスイスでこれが認められ、インターナショナル・ヴァージョンが近々できます。話が横道にそれてしまってすみません。ジャケットの作品拝見しました。ぼくも機会があったら「時と人」拝見したいですね。デザイン＝東京ではないと思います。ぼくは故郷に帰ってきただけです。 <br />
<hr><hr>2038　[99.11.2_2:35]<br />
はじめまして。2038といいます。私は例のその低迷しているデザインにおぼれている人間かもしれません。でもそんな実感がないままデザイン関係の仕事に就いており、さらにこのチャットにも顔を出してしまいました。さて、そんな自分が今興味を持っているのが、音とtypographyの関係です。最近小泉さんの連載を読み返し、改めて共感しました。共鳴いたしました。連載第一回、基礎の段階で音楽を引き合いに出し（もちろんわかりやすく）、それに太鼓という、いわゆる音程のない楽器からの要素としての空間構成は、まさしくこれがカウンタースペースなんだぁという気がしました。特に私はJazzにそれを顕著に感じます。譜面が読めないのが幸いしてか、Jazzのスネアとバスドラのタイミングはカウンタースペースそのものの気がします。それに音楽は印刷物よりもインターネットよりもチャットよりもアクションを起こす瞬間がわかりやすく、ひとつの音を出したときの瞬間とその前後の関係がまさしくカウンタースペース。typographic作品が多いJazzのレコードジャケットも何かこれと関係があるのではないでしょうか。あまり知りませんが、今はMotion Graphicsがたくさんあり、クラブシーンでもそういったインスタレーションで音楽と密につながっているようですが、（まったくもって私見ですが）なんとなくtypographyほど同時発信性を感じません。別に同時発信しなくてもかまわないですし、それぞれコンセプトもありますから、全然深い考察ではありません。とりあえず自分の興味あるところから意見してみました。みなさんはどのようにお考えですか。<br />
<hr>koizumi　[99.11.3_11:12]<br />
こういった話題だとたくさんの方達がチャットしてくれるのでは？音楽はタイポグラフィと同様人間が生み出した偉大なもの。ぼくも楽譜についてはドレミが解釈できる程度。レヴェルは幼少の頃のヤマハの音楽教室ですから、なんとおはずかしい。。。でもタイポグラフィとの関係はものすごくあるので今からがんばろうと思ってます(楽器はやりませんが、いい音楽は聞きまくっています)。いま「タイポグラフィの読み方」book version製作中で、いろいろ探っています。大学院の授業でも一曲の流れのダイアグラムを作ったり、ジョン・ケージについてやったり幅広くファウンデーションを行ってます。曲の流れとエレメントはジャズもおもしろそうですが、ぼくはやっぱりボサ・ノヴァ。。。それとベートーベンはやっぱり偉大、ヴァイオリン・ソナタですね。これらをタイポグラフィと結び付けていくキーを見つけることがたのしいね。BlueNoteのジャケットはそんな深いベースから生まれたものと信じている。いかがでしょうか？ <br />
<hr>brock's　[99.11.3_14:03]<br />
ボタン世代のことが出てましたが、先日新聞の記事に マウスのクリック一つで仕事（経済）が左右される時代になっているとある経営者のインタビューが掲載されてました。（うろ覚えですが）デザイン行為のスタートは私も版下修行からですので、パソコンの画面の中で、何でも出来てしまう便利さに慣れてしまうことの怖さを感じることが確かにあります。ここで、お題を。インフォメーションデザインの分野において、タイポグラフィの果たす役割は非常に大きな役割であると認識しています。日本語の漢字とひらがな、そしてカタカナ。アルファベットのキャラクターの存在。何故か日常に当たり前にある欧文のカタカナ表記。この、複雑怪奇な言語表現が存在する世界で、我々日本人の生活の中での情報環境の整理や、違う母国語を持つ人々に対しても当たり前に必要な情報が、正確に伝わるようなインフォメーションの精査が、デザインの分野でも必要と考えています。公共のサインに対して我々ができることは何なのか。。。どうもハードに近い部分から物事が決められていて、本質的な見方や、進化・変化に対応してゆく視点が欠けているような気がしてなりません。文字はその国の「知の部分」であるというお話を聞いたことがあります。 確かに、便利になって行く環境の中で忘れてはいけないことと、肝に銘じております。 ちなみに、私の住む街では地下鉄の乗降扉に何故か、指を挟んで泣いているクマのシールが大きく貼られています（指を挟まないようにとの注意の意味？）クマは地下鉄に乗るのか？（素朴な疑問）人によっては、あれは鼻水ではなかったのかという認識を持っていた方もいました。（事実）実際にこれだけ自動ドアが普及していていったい何人の人間が指をはさんだのか？（不明）それでも、指をはさむのは個人の責任の問題ではないのか？（個人的見解です）身の回りには、見直さなければならないことが沢山あることを、「デザインの現場（貴誌名拝借） 」にいる人間は感じなければと、思ってる今日この頃です。。。失礼いたしました。<br />
<hr>koizumi　[99.11.5_19:59]<br />
ボタン世代。。。考え方ふたつあります。答えはかんたん。それにフォローするか、しないか。今ぼくは16人の卒研生、4人の院生をみていますが対話している瞬間瞬間に、それを判断しています。 教育ってむずかしいんですよ。日本語が複合的なのは連載で再三提示しているとおもいますが、合理主義に走るか、情緒的表現に走るか、「その表現の重要なポイントをいかにおさえるか」タイポグラファーが判断することではないでしょうか？これは日本人の永遠の課題でしょう。常にどっちかに片寄ってはどこかで問題が起きます。インフォメーション・デザインに限って言えば、現在良い方向だとぼくは思いますが。。。あまり複雑に考えない方が良い場合もあります。だだ、これからはナビゲーションがより重要な時代となると思います。そういえば、自動ドアに指つめちゃうの？むかし大阪の環状線の電車で見てすごい衝撃でした。デザインの現場では毎日毎日が勝負です。妥協しないで、自分の信じるところを追求してがんばってください。<br />
<hr>サトル　[99.11.13_0:04]<br />
「デザイン＝東京ではないと思います。 」 というご返答、ありがとうございました。改めて、やはり肝心なのは、自分自身の『物事の捉えた方』だと思うようになりました。<br />
<hr><hr>34　渡辺聡哉　[2000.9.22_19:56]<br />
最近では、デザインに対する世の中の考え方も大きく変わってきているようです。ようやくDTPの環境に慣れてきたとおもったら、今度はIT 革命でHPの作成もしなければなりません。HTMLの言語で成立しているこの世界は、ほとんどプログラムでできており、今までのやり方では通用しません。これからのデザイン世界で必要なものは、より速いスピードによる情報伝達と、データーベースでしょう。私も先生がだされる本は楽しみにしていますが、ちょっと時代遅れではないでしょうか？本当の意味でデザインの本質を追究し、その精神を時代の中で育むのであれば、真の意味での教育革命が必要と思われます。もう、横尾忠則や粟津清、杉浦康平のような天才達は出現しないでしょう。まさに、デザインにとって(特にグラフィック)暗黒時代の到来というわけです。<br />
<hr>35　koizumi　[2000.9.22_21:48]<br />
ぼくにとってDTP、HP、IT、データベース処理、デザイン、タイポグラフィ、(すべて同じレヴェルでありませんが)、その他いろいろなものの根源にあるものは同じだと思っています。ひとつのことに満足できない人はどれひとつとってもダメでしょう。ただタイポグラフィは現在多岐にわたっていて、判断も様々です。ぼくの本はその中のひとつの意見と考えてください。つまり、時代遅れという考え方がすでに古いと思います。おっしゃるとおり、本質の追究ウンヌンです。ただし天才たちのというところは同意しかねます。天才たちが食い残した点があると思います。つまり、これからの人たちのために。<br />
<hr>63　渡辺聡哉　[2000.11.20_12:49]<br />
以前、指摘された事として現在のデジタル環境どれ一つとっても満足できない人はダメだといわれましたが、残念ながら私はどれ一つにも満足できません。だいたい、将来的にパソコンでデザインするなんて思ってもいませんでした。ただただ今はつらい時期を耐えるだけです。天才の事ですが、天才達が食い残したものではなく、次にくる天才とは、今の世の中とまったく別な次元で出現しそうです。<br />
<hr>65　koizumi　[2000.11.20_20:44]<br />
うん、満足というのは人によって違うと思うのでうまく説明できませんが、ぼくはバーゼルでの授業を終えて、はっきりと次の時代に移行しているのだなと思いました。しかし、基本的に渡辺さんとは意見が違うのだと思います。つまり「天才たちが食い残したもの」は現実にたくさんあって、新しいテクノロジーを駆使したり、場合によっては古い技術をよみがえらせたりして、ぼくたちはこれをきちんとぼくたち自身の仕事として、しっかり受け止めなくてはいけないのだと思います。<br />
<hr><hr>369　koizumi　[2003.3.20_15:01]<br />
STOP<br />
THE<br />
WAR!<br />
戦争は次世代のために絶対にしてはいけない。どんなかたちでも手を貸した者は地球を一歩死に追いやった重罪人であると思う。天罰が下る。戦争よ、早く終われ！(犠牲をできるだけ少なく)しかし、この後がこわい。ほんとうに無差別殺人の始まりです。<br />
<hr>371　koizumi　[2003.3.28_23:33]<br />
仙台市戦災復興記念館にて、小学生のことば。<br />
みんなしんで<br />
かわいそう<br />
人がしんだら<br />
くろかった<br />
せんそうは　きらい<br />
<hr>374　koizumi　[2003.4.7_0:05]<br />
今、BS2ですばらしい番組やっていました。『花どこ』の特集。反戦フォークのPete Seegerは、やっぱり、やっぱり、やっぱり、すばらしい人だ！彼は人類の宝だと思う。]]></description>
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<comments>http://htypo.net/archive/index.php?itemid=38</comments>
 <pubDate>Wed, 20 Sep 2006 04:45:54 +0900</pubDate>
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